【羽田空港】
長いフライトだった
だが斉藤明日香は
一睡もしていなかった
飛行機が羽田の地に降り立つ
彼女はスマホの電源を入れると
一つの番号に電話をかけた
警視庁だった
妹、斉藤未香の遺体は
警察病院に安置されているらしかった
明日香は
そのままタクシーに乗り込み
その病院へと向かった
【警視庁・捜査一課】
石松の顔は
怒りと無力感で歪んでいた
デスクを睨みつけ
ただ、奥歯を噛み締めることしかできない
そこへ部下が駆け寄ってきた
部下:「石松さん!」
部下:「被害者、斉藤未香さんの姉、明日香さんが、今から病院へ向かうそうです」
石松はゆっくりと顔を上げた
石松:(……最後の仕事だ)
彼はジャケットを掴むと
決意を固めた顔で
捜査一課のフロアを後にした
【警察病院・霊安室】
ひやりと冷たい空気
消毒液の匂い
明日香は
白いシーツをかけられた
妹の亡骸の前に
ただ、静かに立っていた
シーツを、そっとめくる
そこにいたのは
いつも太陽のように笑っていた妹ではない
冷たく
動かず
色を失った
ただの人形だった
明日香は
涙を流さなかった
いや
流せなかった
悲しみよりも、深い、何かが
彼女の心を支配していた
その時
背後で、静かにドアが開いた
石松:「……斉藤明日香さん、ですね」
石松:「警視庁捜査一課の、石松です」
明日香は
ゆっくりと振り返った
石松は
全てを話した
妹を殺した犯人が、桐生院琉星であること
決定的な証拠も掴んだこと
だが
母親である桐生院彩音の、絶大な圧力によって
警察も、マスコミも、完全に沈黙させられていること
琉星が釈放されるのも、もはや時間の問題である、と
石松:「……申し訳ない」
彼の声は
悔しさに、震えていた
明日香:「妹の、遺留品は」
石松:「……もう、事件ではない、ということになってしまったので」
石松は
部下に合図を送る
部下は、透明なビニール袋に入った
未香の私物を、明日香に手渡した
小さなショルダーバッグと、スマホ
そして、一冊の手帳
石松は
明日香の前に立つと
深く
深く
頭を下げた
正義を守れなかった、一人の刑事として
ただ、謝罪することしかできなかった
だが
明日香の目は
まだ、諦めてはいなかった
その瞳の奥には
絶望ではない
地獄の底から燃え盛るような
静かで、そして、絶対的な
復讐の炎が、宿っていた



