駅から少し外れた、川沿いの道。
街灯は等間隔で、影と光が交互に落ちている。
二人は並んで歩きながら、まだ何も言わない。
沈黙は重いけれど、逃げ場のない静けさではなかった。
朱里は、歩くたびに靴底が地面を踏む感触を意識していた。
現実に繋ぎ止めておかないと、心が先に行ってしまいそうだったから。
嵩が足を止めたのは、川が少し開けて見える場所だった。
「……ここで、いいかな」
朱里も止まる。
頷く代わりに、深く息を吸った。
(来た)
逃げない、と決めた夜。
嵩は一度、川の方に視線を向けてから、朱里を見る。
「昨日、話した“仕事の話”なんだけど」
声は落ち着いていた。
いつも通りでいようとしているのが、逆に分かる。
「正式じゃないけど……
ほぼ確定で、転勤になる」
朱里の胸が、静かに沈む。
(……やっぱり)
覚悟していたはずなのに、
実際に言葉として聞くと、体の奥が冷える。
「時期は、早ければ来月末」
「場所は……地方。今の部署とは、完全に離れる」
一つ一つ、確認するように言葉が置かれていく。
感情を混ぜない、丁寧な説明。
朱里は黙って聞いた。
途中で遮らなかった。
嵩は続ける。
「本当は、もっと早く言うべきだった」
「でも……言ったら、君が気を遣うと思って」
朱里の喉が、きゅっと鳴る。
「それに」 一瞬、言葉が詰まる。
「俺自身が、決めきれてなかった」
夜風が、二人の間を抜けた。
「仕事としては、断る理由はない」
「でも……君と、こうなって」
“こうなって”
その言葉に、朱里の心臓が反応する。
「……簡単に、受け取れなくなった」
嵩は、正面から朱里を見た。
逃げていない目だった。
「だから、ちゃんと伝えたかった」
「君が、選べるように」
朱里は、すぐに答えなかった。
怖かった。
でも、それ以上に──
誠実さが、胸に刺さっていた。
「……ありがとうございます」 ようやく出た声は、少し震えていた。
「隠されるより、ずっといいです」
嵩が、ほっとしたように息を吐く。
「……正直に言うと、怖いです」 朱里は、視線を落としたまま続けた。
「離れるのも、変わるのも」
「この気持ちが、どうなるか分からないのも」
それでも。
朱里は、顔を上げた。
「でも、聞けてよかった」
「聞かないまま進む方が……たぶん、もっと怖い」
沈黙が落ちる。
でも、それは逃げの沈黙じゃない。
嵩は、ゆっくり頷いた。
「……ありがとう」
「今夜は、答えを出さなくていい」
その言葉に、朱里の肩から少し力が抜けた。
「今日は、“伝える”だけにしたかった」
「選ぶのは……君だから」
朱里は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(まだ終わってない)
(でも、始まってしまった)
川の水面が、街灯を揺らしている。
触れない距離のまま、
二人はしばらく、同じ景色を見ていた。
街灯は等間隔で、影と光が交互に落ちている。
二人は並んで歩きながら、まだ何も言わない。
沈黙は重いけれど、逃げ場のない静けさではなかった。
朱里は、歩くたびに靴底が地面を踏む感触を意識していた。
現実に繋ぎ止めておかないと、心が先に行ってしまいそうだったから。
嵩が足を止めたのは、川が少し開けて見える場所だった。
「……ここで、いいかな」
朱里も止まる。
頷く代わりに、深く息を吸った。
(来た)
逃げない、と決めた夜。
嵩は一度、川の方に視線を向けてから、朱里を見る。
「昨日、話した“仕事の話”なんだけど」
声は落ち着いていた。
いつも通りでいようとしているのが、逆に分かる。
「正式じゃないけど……
ほぼ確定で、転勤になる」
朱里の胸が、静かに沈む。
(……やっぱり)
覚悟していたはずなのに、
実際に言葉として聞くと、体の奥が冷える。
「時期は、早ければ来月末」
「場所は……地方。今の部署とは、完全に離れる」
一つ一つ、確認するように言葉が置かれていく。
感情を混ぜない、丁寧な説明。
朱里は黙って聞いた。
途中で遮らなかった。
嵩は続ける。
「本当は、もっと早く言うべきだった」
「でも……言ったら、君が気を遣うと思って」
朱里の喉が、きゅっと鳴る。
「それに」 一瞬、言葉が詰まる。
「俺自身が、決めきれてなかった」
夜風が、二人の間を抜けた。
「仕事としては、断る理由はない」
「でも……君と、こうなって」
“こうなって”
その言葉に、朱里の心臓が反応する。
「……簡単に、受け取れなくなった」
嵩は、正面から朱里を見た。
逃げていない目だった。
「だから、ちゃんと伝えたかった」
「君が、選べるように」
朱里は、すぐに答えなかった。
怖かった。
でも、それ以上に──
誠実さが、胸に刺さっていた。
「……ありがとうございます」 ようやく出た声は、少し震えていた。
「隠されるより、ずっといいです」
嵩が、ほっとしたように息を吐く。
「……正直に言うと、怖いです」 朱里は、視線を落としたまま続けた。
「離れるのも、変わるのも」
「この気持ちが、どうなるか分からないのも」
それでも。
朱里は、顔を上げた。
「でも、聞けてよかった」
「聞かないまま進む方が……たぶん、もっと怖い」
沈黙が落ちる。
でも、それは逃げの沈黙じゃない。
嵩は、ゆっくり頷いた。
「……ありがとう」
「今夜は、答えを出さなくていい」
その言葉に、朱里の肩から少し力が抜けた。
「今日は、“伝える”だけにしたかった」
「選ぶのは……君だから」
朱里は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
(まだ終わってない)
(でも、始まってしまった)
川の水面が、街灯を揺らしている。
触れない距離のまま、
二人はしばらく、同じ景色を見ていた。



