大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

帰宅して、靴を脱いだ瞬間だった。

スマートフォンが、短く震えた。

コートを脱ぎかけたまま、朱里は立ち止まる。

画面を見る前から、なぜか分かってしまった。

──平田さんだ。

通知を開く。

明日、仕事のあと

少し話せないかな

静かなところで

それだけの文面なのに、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

「……話す」

声に出してしまってから、慌てて口を閉じる。

部屋には誰もいないのに。

静かなところ。

仕事のあと。

少し、じゃない話。

全部、分かってしまう。

──来る。

避けてきたわけじゃない。

でも、ずっと心のどこかで“まだ先でいい”と
思っていた瞬間が、
はっきりした形になって、目の前に差し出された。

スマホを握る手が、少し震える。

断る理由なら、いくらでもある。

疲れている。

今日は気持ちの整理ができていない。

今は、聞く余裕がない。

でも──

「……聞かない方が、後悔する」

ぽつりと、独り言が落ちる。

嵩が、逃げずに言おうとしている。

それだけは、伝わってくる。

怖い。

聞いたら、戻れなくなるかもしれない。

聞かなかったら、もっと戻れなくなる。

朱里は、ベッドに腰を下ろし、深く息を吸った。

(聞くって決めた夜は、もう逃げられない)

親友の美鈴の顔が浮かぶ。

「覚悟って、完璧になってからするもんじゃないよ」

そんな声が、頭の中で再生される。

画面に、返信欄が光っている。

《はい。大丈夫です》

一度、打って消す。

《……少しなら》

また消す。

“少し”じゃない。

自分が欲しいのは、はっきりした言葉だ。

指先が止まり、しばらく考えてから、朱里は打った。

《分かりました。
 仕事終わりで、大丈夫です》

送信。

既読がつく前に、スマホを伏せた。

心臓の音が、耳に近い。

鼓動が、決断を刻むみたいに強い。

──明日。

朱里は立ち上がり、窓のカーテンを少しだけ開けた。

夜の街は、何事もない顔で光っている。

「……聞くって決めたんだから」

怖くても、いい。

泣いても、いい。

それでも、黙っていない自分でいたい。

ベッドに横になり、目を閉じる。

けれど眠気は、なかなか来なかった。

明日の自分が、
どんな表情で、どんな言葉を受け取るのか──

まだ分からない。

それでも一つだけ、確かなことがある。

もう、引き返せない夜に、
ちゃんと足を踏み入れてしまった。