桜が咲き誇る季節。
 青空の下、歴史ある教会の鐘が高らかに鳴り響いた。
 私は純白のドレスに身を包み、父にエスコートされながらバージンロードを歩いていた。

 視線の先に立つのは、真壁亮介。
 外交官としての冷徹な仮面はなく、ただ一人の男として、柔らかな笑みを浮かべて私を待っている。
 あの日の曖昧な笑顔とは違う。
 心の奥まで届く温かな笑み――私だけに向けられたものだ。

 「美桜」
 彼が名を呼ぶと、胸の奥が熱くなる。
 誤解とすれ違いに揺れた日々を乗り越えて、この瞬間がある。

 牧師の前で、私たちは誓いの言葉を交わした。
 「健やかなるときも、病めるときも、愛し、支え合うことを誓いますか?」
 「はい」
 互いの声が重なり、会場に響いた。

 指輪の交換。
 彼の大きな手が、私の指にそっとリングを通す。
 永遠の約束を形にした瞬間、胸がいっぱいになり、自然と涙がこぼれた。
 彼がそっと拭い、耳元で囁く。
 「泣かないで。今日の君は、世界で一番綺麗だから」

 キスの合図と共に、唇が触れる。
 拍手と祝福の声が教会を包み込んだ。

 

 披露宴は、外交関係者や財界の人々が多く出席していた。
 最初は緊張したが、彼が常に私の手を握り、時折ささやくことで、不思議と心が安らいでいった。

 「もう試されている気がしませんね」
 「試す必要はない。君はもう、僕の妻だから」
 彼の言葉に、周囲の喧騒がすっと遠ざかるような感覚がした。

 友人スピーチや父の挨拶が終わり、会場が和やかに盛り上がる中、彼がふいにグラスを置いた。
 「外交官としてではなく、一人の夫として誓います。どんな国に行こうと、どんな任務を負おうと、必ず君の元に帰ってくる」
 その言葉に、自然と大きな拍手が湧き起こった。

 

 結婚から数か月後。
 外交官の夫を持つ生活は、華やかでありながら予想以上に慌ただしかった。
 出張や会合が続き、彼とすれ違う日もある。
 けれど、不安になることはもうない。
 帰宅するたびに、彼は必ずこう言うのだ。
 「ただいま、美桜。会いたかった」

 休日には二人で市場へ買い物に行き、料理を作る。
 時に意見がぶつかることもあるが、最後には笑ってテーブルを囲む。
 外交の場で見せる冷静沈着な彼も、家では不器用にエプロンを結ぶ。
 その姿を見るたびに、「この人を信じてよかった」と思える。

 

 ある夜、ベランダから街の灯りを眺めていた私に、彼が背後からそっと腕を回した。
 「美桜。これからも、試されることはあるかもしれない」
 「ええ、きっと」
 「でも、そのたびに乗り越えていこう。一緒に」
 彼の声は穏やかで、確かな強さを含んでいた。

 私は微笑み、彼の胸に顔を預ける。
 「はい。ずっと一緒に」

 夜風が頬を撫で、街の灯りが瞬いた。
 誤解と駆け引きを越えた先に、確かな愛がある。
 外交官としての彼ではなく、一人の夫としての彼と共に。
 その未来を信じて、私は目を閉じた。