シドニー便から帰国して三日後、美桜は再び成田空港にいた。
今日の行き先はパリ。春の終わりを迎えたヨーロッパは観光客で賑わっていると聞く。
ブリーフィングルームに入ると、見慣れた背中が目に入った。遼だ。
彼は壁際に立ち、資料を片手に黙々と何かを書き込んでいる。
声をかけるか迷ったが、結局できなかった。
――どうせまた、すぐに視線を逸らされる。
そんな予感が、足を前に進ませなかった。
離陸後、機体は順調に高度を上げていった。
サービスが始まり、客席を回っていると、後方から直哉が近づいてくる。
「美桜、帰りの便でちょっと話せないか?」
「……話?」
「例の海外拠点の件。向こうの上司が会いたいって」
唐突な提案に、美桜は一瞬驚いたが、「わかった」と頷いた。
そのやり取りを、通路の反対側から遼が見ていたことに気づいたのは、直哉が去った後だった。
短く視線を交わしたが、彼はすぐに背を向けてしまう。
パリ到着後、ホテルのロビーで同僚たちと待ち合わせをしていると、遼が森川と並んで入ってきた。
森川の手には紙袋があり、遼は何かを受け取っている。
「お土産?」と問われた森川が笑って頷く。
その光景を見て、美桜の胸にまた小さな棘が刺さった。
――ああいう距離感、私にはない。
自分でもどうしようもないほど、視線を逸らすことができなかった。
翌日。
オフの時間を使って、美桜は直哉と短時間だけ市内を回った。
カフェのテラス席で休憩していると、道の向こう側を遼が歩いていくのが見えた。
こちらに気づいたのかどうか、顔を向けかけて、そのまま進んでいく。
胸の奥がひどくざわつく。
「……どうかした?」
直哉の声に、「ううん」と首を振った。
だが、そのやり取りをする自分の表情は、きっと隠しきれていない。
復路の便。
出発準備中、美桜は後方ギャレーで直哉から資料を受け取っていた。
「向こうの上司、来月パリで待ってるって。正式に話、進めていい?」
答えを出す前に、遼の声が飛んだ。
「佐伯、客席の確認は終わったのか?」
低く、硬い声。
「今、行きます」
そう返すと、遼は何も言わずに前方へ去っていった。
胸の奥に、冷たい感触が広がる。
――やっぱり、私のことは仕事仲間以上には見てないんだ。
巡航中、軽い揺れが続いた。
シートベルトサインが点灯し、美桜は急ぎ通路を確認していた。
客席の脇で揺れに足を取られかけた瞬間、腕を掴まれた。
遼だった。
「危ない」
短く言って、自分の方に引き寄せる。その距離はほんの一瞬だったが、心臓が跳ねた。
しかし、すぐに彼は手を離し、背を向けた。
温もりだけが、そこに残された。
成田到着後。
ゲートで乗客を送り出し終えたとき、直哉が小声で言った。
「来月の話、やっぱり会ってみない?」
「……考えておく」
そう答えた瞬間、出口付近で遼と目が合った。
しかし彼は何も言わず、ただ視線を逸らしていった。
――どうして、何も言ってくれないの。
胸に溜まった思いは、行き場をなくしたまま、静かに重さを増していく。
今日の行き先はパリ。春の終わりを迎えたヨーロッパは観光客で賑わっていると聞く。
ブリーフィングルームに入ると、見慣れた背中が目に入った。遼だ。
彼は壁際に立ち、資料を片手に黙々と何かを書き込んでいる。
声をかけるか迷ったが、結局できなかった。
――どうせまた、すぐに視線を逸らされる。
そんな予感が、足を前に進ませなかった。
離陸後、機体は順調に高度を上げていった。
サービスが始まり、客席を回っていると、後方から直哉が近づいてくる。
「美桜、帰りの便でちょっと話せないか?」
「……話?」
「例の海外拠点の件。向こうの上司が会いたいって」
唐突な提案に、美桜は一瞬驚いたが、「わかった」と頷いた。
そのやり取りを、通路の反対側から遼が見ていたことに気づいたのは、直哉が去った後だった。
短く視線を交わしたが、彼はすぐに背を向けてしまう。
パリ到着後、ホテルのロビーで同僚たちと待ち合わせをしていると、遼が森川と並んで入ってきた。
森川の手には紙袋があり、遼は何かを受け取っている。
「お土産?」と問われた森川が笑って頷く。
その光景を見て、美桜の胸にまた小さな棘が刺さった。
――ああいう距離感、私にはない。
自分でもどうしようもないほど、視線を逸らすことができなかった。
翌日。
オフの時間を使って、美桜は直哉と短時間だけ市内を回った。
カフェのテラス席で休憩していると、道の向こう側を遼が歩いていくのが見えた。
こちらに気づいたのかどうか、顔を向けかけて、そのまま進んでいく。
胸の奥がひどくざわつく。
「……どうかした?」
直哉の声に、「ううん」と首を振った。
だが、そのやり取りをする自分の表情は、きっと隠しきれていない。
復路の便。
出発準備中、美桜は後方ギャレーで直哉から資料を受け取っていた。
「向こうの上司、来月パリで待ってるって。正式に話、進めていい?」
答えを出す前に、遼の声が飛んだ。
「佐伯、客席の確認は終わったのか?」
低く、硬い声。
「今、行きます」
そう返すと、遼は何も言わずに前方へ去っていった。
胸の奥に、冷たい感触が広がる。
――やっぱり、私のことは仕事仲間以上には見てないんだ。
巡航中、軽い揺れが続いた。
シートベルトサインが点灯し、美桜は急ぎ通路を確認していた。
客席の脇で揺れに足を取られかけた瞬間、腕を掴まれた。
遼だった。
「危ない」
短く言って、自分の方に引き寄せる。その距離はほんの一瞬だったが、心臓が跳ねた。
しかし、すぐに彼は手を離し、背を向けた。
温もりだけが、そこに残された。
成田到着後。
ゲートで乗客を送り出し終えたとき、直哉が小声で言った。
「来月の話、やっぱり会ってみない?」
「……考えておく」
そう答えた瞬間、出口付近で遼と目が合った。
しかし彼は何も言わず、ただ視線を逸らしていった。
――どうして、何も言ってくれないの。
胸に溜まった思いは、行き場をなくしたまま、静かに重さを増していく。

