成田に戻った翌日、美桜は予備日にもかかわらず会社からの呼び出しを受けた。
整備上の関係で急遽、臨時便の乗務が決まったのだ。
短時間のフライト、そしてメンバー表の中に――遼の名前があった。
制服に袖を通しながら、胸の奥がざわつく。
避けられ続けた視線、何度も逸らされた言葉。
このままでは、何も変わらないまま終わってしまう。
――今日は、聞く。
心の奥で、そう固く決めた。
ブリーフィングルーム。
遼はすでに席に着き、資料を静かにめくっていた。
その横顔には、やはり近寄りがたい空気がある。
しかし美桜は視線を逸らさず、意図的に彼の真正面の席に座った。
遼の手が一瞬止まり、視線がこちらに向く。
短く「おはよう」とだけ言い、また資料に目を落とす。
――それでも、逃げない。
離陸後、機内は落ち着いていた。
前方ギャレーで食器を整えていると、背後から低い声がした。
「……あの男とは、何を話している」
振り返ると、遼が通路に立っていた。
「……あの男?」
「直哉だ。お前、このところずっと一緒にいるだろう」
その声音には、抑え込んだ苛立ちがにじんでいる。
美桜の胸に、積み重なっていた疑問が一気にあふれ出す。
「それを聞いて、どうするんですか」
「……答えろ」
「じゃあ、どうして機長は私を避けるんですか? 話しかけても目を逸らす、何か言いかけても黙る。そんな態度で、何を信じろって言うんですか」
遼の眉がわずかに動く。
しばし沈黙。
「……仕事中だ」
そう言って背を向けようとしたその腕を、美桜は咄嗟に掴んだ。
「仕事中だからこそ、言ってください。私、ずっと――」
言葉が震え、喉が詰まる。
遼は一度目を閉じ、低く吐き出すように言った。
「……お前と距離を置かないと、冷静でいられない」
その一言が、胸の奥に深く突き刺さる。
けれど次の瞬間、遼は腕を振りほどき、足早にギャレーを出て行った。
残された美桜は、強く握った手のひらに爪痕を感じながら立ち尽くした。
着陸後。
乗客を見送り終え、最後の片付けをしていると、遼が再び現れた。
「……さっきのことは、忘れろ」
その声は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。
だが、美桜は首を横に振る。
「忘れません。忘れたくありません」
遼が何か言いかけ、しかし飲み込む。
視線が絡み、空気が張り詰める。
ほんの数秒が、何分にも感じられた。
――次の言葉さえ聞ければ。
そう思った瞬間、整備士の声が響き、緊張が断ち切られた。
遼は短く「また話す」とだけ言い残し、出口へと向かった。
残された美桜の胸の奥には、かすかな希望と、消えない不安が同居していた。
整備上の関係で急遽、臨時便の乗務が決まったのだ。
短時間のフライト、そしてメンバー表の中に――遼の名前があった。
制服に袖を通しながら、胸の奥がざわつく。
避けられ続けた視線、何度も逸らされた言葉。
このままでは、何も変わらないまま終わってしまう。
――今日は、聞く。
心の奥で、そう固く決めた。
ブリーフィングルーム。
遼はすでに席に着き、資料を静かにめくっていた。
その横顔には、やはり近寄りがたい空気がある。
しかし美桜は視線を逸らさず、意図的に彼の真正面の席に座った。
遼の手が一瞬止まり、視線がこちらに向く。
短く「おはよう」とだけ言い、また資料に目を落とす。
――それでも、逃げない。
離陸後、機内は落ち着いていた。
前方ギャレーで食器を整えていると、背後から低い声がした。
「……あの男とは、何を話している」
振り返ると、遼が通路に立っていた。
「……あの男?」
「直哉だ。お前、このところずっと一緒にいるだろう」
その声音には、抑え込んだ苛立ちがにじんでいる。
美桜の胸に、積み重なっていた疑問が一気にあふれ出す。
「それを聞いて、どうするんですか」
「……答えろ」
「じゃあ、どうして機長は私を避けるんですか? 話しかけても目を逸らす、何か言いかけても黙る。そんな態度で、何を信じろって言うんですか」
遼の眉がわずかに動く。
しばし沈黙。
「……仕事中だ」
そう言って背を向けようとしたその腕を、美桜は咄嗟に掴んだ。
「仕事中だからこそ、言ってください。私、ずっと――」
言葉が震え、喉が詰まる。
遼は一度目を閉じ、低く吐き出すように言った。
「……お前と距離を置かないと、冷静でいられない」
その一言が、胸の奥に深く突き刺さる。
けれど次の瞬間、遼は腕を振りほどき、足早にギャレーを出て行った。
残された美桜は、強く握った手のひらに爪痕を感じながら立ち尽くした。
着陸後。
乗客を見送り終え、最後の片付けをしていると、遼が再び現れた。
「……さっきのことは、忘れろ」
その声は、さっきよりも少しだけ柔らかかった。
だが、美桜は首を横に振る。
「忘れません。忘れたくありません」
遼が何か言いかけ、しかし飲み込む。
視線が絡み、空気が張り詰める。
ほんの数秒が、何分にも感じられた。
――次の言葉さえ聞ければ。
そう思った瞬間、整備士の声が響き、緊張が断ち切られた。
遼は短く「また話す」とだけ言い残し、出口へと向かった。
残された美桜の胸の奥には、かすかな希望と、消えない不安が同居していた。

