週末の夕方、私は商談帰りに偶然、都心の裁判所近くを歩いていた。
 通りの向こうに見えたのは――黒いコート姿の悠真。そして、その隣を歩く玲奈。
 二人はビルの影に入り、何やら真剣な表情で言葉を交わしている。
 玲奈がふと笑みを浮かべ、その肩にそっと手を置いた瞬間、胸の奥に冷たい痛みが走った。

 足が止まり、声をかけることもできないまま、その場を離れる。
 ――やっぱり、玲奈さんの言った通りなのかもしれない。
 私に向けられた優しさは、特別じゃなかったのかもしれない。

 

 その夜、気分を紛らわせようと従兄の真司に誘われ、行きつけのバーで軽く食事をしていた。
 「おまえ、顔色悪いぞ。何かあったのか?」
 「……別に」
 嘘をつくと、真司は何も言わずにグラスを満たしてくれた。

 店を出て歩き始めたとき、不意に背後から低い声が響く。
 「……彩花」
 振り向けば、街灯の下に悠真が立っていた。
 その瞳は、夜の闇よりも鋭く光っている。

 「こんな時間に、他の男と歩いて……」
 「真司は従兄だって、何度も言ってる」
 「だから何だ。血が繋がっていても、あんな顔で見られるのは嫌だ」

 「――っ、どうしてそんなに縛るの? あなたは玲奈さんとだって……」
 口にした瞬間、悠真の表情が変わった。
 「玲奈? ああ、あれは父上の案件で情報を共有していただけだ」
 「でも、肩に触れてた……」
 「俺は、あいつに触れられても何も感じない。感じるのは――」

 言葉がそこで途切れ、次の瞬間、強く腕を引かれた。
 距離が一気に縮まり、耳元に熱い息がかかる。
 「……お前だけだ。俺が他の男に渡したくないのは」

 心臓が跳ねる音が、夜の静けさに響いている気がした。
 でもまだ、完全に信じてしまうのが怖くて、私は何も答えられなかった。