その夜、帰宅してドレスを脱ぎ、髪をほどくと、全身からふっと力が抜けた。
 鏡越しに映る自分の顔は、少しだけ疲れていて……そして、心の奥はまだ、あの冷たい声に刺されたままだった。

 ドレッサーの引き出しを開けると、ふと、一冊の古いアルバムが目に入る。
 薄い革張りの表紙。幼い頃、父と母が作ってくれたものだ。

 ページをめくると、七歳の私がそこにいた。
 セーラー服のワンピースを着て、泣き顔で立ち尽くす私の隣には、傘を差し出す少年――悠真。
 あの日は突然の夕立で、帰り道に泣き出してしまった私を、悠真が迎えに来てくれたのだった。

 ――『泣くな。俺が一生、守ってやる』

 写真を見るだけで、その時の声が蘇る。
 幼いけれど真剣な横顔、差し出された傘の温もり。あの瞬間、私はきっと、彼のことを好きになった。

 指先が写真の中の少年の輪郭をなぞる。
 「……どうして、あの頃のままでいてくれないの」

 独りごとの声は、夜の静けさに吸い込まれた。
 あの時の優しさは、ただ子どもだったから? それとも……今も変わらず心の奥に残っているのだろうか。

 胸の奥に浮かんだ疑問を押し隠すように、アルバムをそっと閉じる。
 けれど眠りにつくまで、幼い日の約束の言葉が、耳の奥で何度も何度も響いていた。