シャンデリアが煌めくホテルの大広間には、社交界の名士たちが集まっていた。
 父に伴われ、この場に立つことはもう何度目だろう。けれど、今夜は少しだけ特別だ。
 私の隣には――幼い頃からの許婚であり、警視庁キャリア組のエリート、高階悠真がいる。

 「……笑顔、固い」

 低く、抑揚のない声が耳元で落ちた。
 振り向くと、悠真は涼やかな横顔のまま、視線を正面に向けている。黒いスーツを纏った彼は、他の誰よりも堂々としていて、周囲の女性たちの視線を一身に集めていた。

 「ごめんなさい。少し、緊張していて……」

 返事はない。
 彼は相変わらず、私と目を合わせようとしない。
 ――どうして、私にだけこんなに冷たいのだろう。

 そんな思いが胸の奥で渦巻く中、スーツ姿の年配の紳士が父に挨拶をしてきた。私は小さく会釈をし、その場を下がろうとする。
 けれどその瞬間、別の男性が私の前に立ちふさがった。

 「桐谷彩花さんですよね? お噂はかねがね。よければ、この後お話を――」

 柔らかな笑みと共に差し出された手。社交界ではよくあることだ。断る理由もない……そう思った瞬間、私の腕がぐい、と強く引かれた。

 「彼女は俺の婚約者だ」

 耳に落ちた声は、低く冷ややかだった。
 見上げると、悠真の瞳が氷のように鋭く光っている。
 周囲の空気がぴんと張り詰め、男性は気まずそうに笑って去っていった。

 「……そんな言い方、しなくても」

 小さく抗議すると、悠真はわずかに目を細めて私を見下ろす。
 「事実を言っただけだ」
 それだけを残し、彼はまた会場の奥へと歩き出した。

 私は置いて行かれまいと、急ぎ足で後を追う。
 ――冷たい。けれど、あの瞬間の彼の瞳の奥に、何か別の色が宿っていた気がする。
 胸の奥が、不思議にざわめいた。