夜の街に、けたたましいサイレンと怒号が響いていた。
 爆破予告が出された国際会議場。その一角で、悠真は銃を構え、突入部隊の先頭に立っていた。

「制圧開始――!」
 号令とともに、重い扉が破られる。
 煙の中から現れた複数の影。銃口が閃き、火花が散る。

 弾丸の雨の中、悠真は仲間の背を守りながら進んだ。
 しかしその胸にあったのは国家の使命ではなく、ひとりの妻の存在。

 ――必ず生きて帰る。約束したんだ。

     

 同じ頃、自宅のテレビでは緊迫した現場の映像が流れていた。
 報道は「公安部の特殊部隊が対応」と繰り返すだけで詳細は不明。
 けれど、美緒には分かっていた。あの現場のどこかに、悠真がいるのだと。

 祈るように胸の前で手を組む。
「お願い……帰ってきて」

     

 会議場の奥で、最後の抵抗を見せる男が起爆装置を構えた。
「近づくな! 全員道連れだ!」
 その叫びに、場の空気が凍りつく。

 悠真は一歩踏み出し、鋭い声を放った。
「やめろ! 無駄だ」
 だが男の指はスイッチにかかっていた。

 刹那、悠真は躊躇なく飛び込む。
 銃声と怒号が交錯し、もみ合いの中で装置が宙を舞った。
 仲間がすかさず回収し、爆弾は無力化される。

 ――任務完了。

 息を荒げながらも、悠真の胸には安堵が広がった。
 守れた。国も、人も、そして約束も。

     

 翌日。
 朝の光がカーテン越しに差し込む部屋で、美緒はソファに座っていた。
 玄関の扉が開き、疲れ切った顔の悠真が帰ってくる。

「……ただいま」
 その声に、美緒の目から涙が溢れた。
「おかえりなさい……!」

 駆け寄って抱きつくと、悠真は少し驚いたように目を瞬き、それから強く抱き返した。
「約束、守った」
「うん……信じてた」

 互いの心臓の鼓動が重なる。
 この瞬間、ふたりの間にあった溝は完全に埋められた。

     

 後日。
 いつもの朝、美緒はキッチンでコーヒーを淹れ、食卓に並べる。
 新聞を広げる悠真の隣で、何気ない会話が交わされる。

 けれど、その背中を送り出すとき、美緒の心はもう以前とは違っていた。
 普通の夫婦ではない。
 けれど、どんな影の中にあっても、この人となら共に歩んでいける。

「いってらっしゃい、悠真」
「行ってくる。……美緒」

 振り返った彼の微笑みは、公安刑事ではなく、一人の夫のものだった。

     

 ――愛は試され、そして証明された。
 国家を背負う男と、その妻。
 ふたりはもう、揺るぎない絆で結ばれていた。