朝の光が差し込むはずの部屋は、緊張感で張りつめていた。
 美緒はベッドに座り、携帯を握りしめる悠真の横顔をじっと見つめていた。
 昨夜のぬくもりがまだ身体に残っているのに、もう彼は「公安刑事」の顔をしている。

「……組織の残党が動き出した。内部からの情報じゃ、次は大規模な計画があるらしい」
 悠真の声は冷静で、しかし奥底に焦りが混じっていた。
「大規模って……何をするつもりなの?」
「まだ分からない。だが、一般市民を巻き込む可能性が高い」

 胸が冷たくなる。昨日までの平穏は、ほんの幻に過ぎなかった。
 美緒は俯き、強く唇を噛む。

「悠真……。ねえ、もしまた私が狙われたら? もし今度こそ助からなかったら……どうするの?」
「そんなことはさせない」
「そうじゃなくて!」
 美緒は声を荒げた。
「あなたは国家を守るために戦ってる。でも、私にとっては、あなたが生きていてくれることが一番大事なの。……ねえ、どっちを選ぶの? 国? それとも、わたし?」

 部屋の空気が凍りついた。
 悠真の瞳が鋭く揺れる。
 公安刑事としての使命と、一人の夫としての愛。その二つの間で彼が苦しんでいるのが分かった。

「……本当は、そんな選択はできない。どちらも守らなきゃならない」
「でも、人はそんなに強くないよ」
 美緒の声は震えていた。
「あなたが無理をすれば、きっとどちらも失う」

 沈黙が落ちる。
 時計の針の音だけが、冷たく響いていた。

     

 やがて悠真は深く息を吸い、決意を込めて口を開いた。
「俺は……公安刑事として、国を守る。けれど、命を懸けてでも、お前を守る。それが俺の答えだ」

 矛盾している。危うい答えだ。
 それでも、美緒には分かった。
 悠真は、ただ真剣に自分と向き合おうとしているのだと。

「……わたし、強くなれるかな」
「なれる。お前なら」
 彼の手が美緒の頬に触れる。
 その温かさに、胸の奥で少しずつ恐怖が和らいでいく。

     

 その日の午後。
 公安の仲間がやってきて、美緒の身辺警護を申し出た。
 だが美緒は首を振った。
「必要ないです。……わたし、自分で自分を守れるようになりたい」

 悠真が驚いたように目を見開く。
 美緒は微笑んだ。
「だって、あなたは国と戦ってるんでしょう? わたしは、あなたの妻として――あなたを支えたい」

 その言葉に、悠真は深く頷いた。
「ありがとう、美緒。……お前がいるから、俺は戦える」

     

 その夜、ふたりは肩を寄せ合い、静かな時間を過ごした。
 嵐の前の一瞬の穏やかさ。
 やがて再び訪れるであろう危機に向けて、互いの心を確かめ合うように。

 ――二人でなら、きっと乗り越えられる。
 そう信じたその瞬間、携帯が震え、悠真の顔が再び刑事のものへと変わった。

《作戦決行。集合要請》

 愛と使命。その両方を抱えたまま、悠真は立ち上がった。