夜探偵事務所と八尺様


【民宿旅館 渓山荘・食堂】

夕食は
この土地で採れた山菜と川魚だった
素朴で力強い味が
疲れた体に染み渡る
食後
宿を一人で切り盛りしている老婆に
夜が話しかけた
夜:「女将さん」
夜:「この辺りで『八尺様』というものを聞いたことは?」
老婆:「……さぁ。存じませんなぁ」
そのあからさまな動揺
健太が助け舟を出す
健太:「では『鬼女』というのは聞いたことがありませんか?」
健太:「背が高く白い服を着た女の話です」
老婆の顔から血の気が引いた
老婆:「……ワシも幼い頃に一度だけ聞かされた話じゃが」
老婆は声を潜め
その古い物語を語り始めた
老婆:「昔この村に子宝に恵まれん女がいたそうじゃ」
老婆:「やっとの思いで授かった子は男の子じゃった」
老婆:「じゃがな」
老婆:「その子の父親は村一番の旧家の跡取りでな」
老婆:「家の格式が違うと、母親は子供を取り上げられてしもうたんじゃ」
老婆:「母親は毎晩毎晩」
老婆:「雪の日も嵐の日も旧家の玄関先で土下座して」
老婆:「どうか我が子に一目だけでも会わせてくれと頼み続けた」
老婆:「じゃが願いは聞き入れられず」
老婆:「女はとうとう気が狂うて、死んでしもうた」
老婆:「それからじゃ」
老婆:「この村で時折、男の子だけが神隠しに遭うようになったのは…」
老婆:「決まって背の高い白い服の女に連れて行かれたそうじゃ…」
食堂には
囲炉裏の炭が爆ぜる音だけが響いていた
八尺様の悲しい始まりの物語だった