夜探偵事務所と八尺様


【京都・九条邸・庭】

夜は
光の粒子となって消えていくシズコの魂を
静かに見送った
そして
誰もいない夜空を見上げ
ぽつりと呟く
夜:「……あの婆さん、やってくれるわね」
彼女は、ニヤリと笑った
あの老婆が、ただの宿の主人ではないこと
そして、この結末を、どこかで見越していたこと
その全てを、夜は理解していた
庭の向こう
自分が乗ってきたテスラの運転席で
健太がぐったりと伸びているのが見える
夜はやれやれと首を振った
彼女はスマートフォンを取り出し仁に電話をかける
夜:「仁。全部終わったから、中に入れて」
玄関のドアが開き
九条の妻が、涙でぐしゃぐしゃの顔で
何度も、何度も、夜に頭を下げた
夜は、その肩を優しく叩き
家の中へと入る
リビングには
仁と九条、そして遥人君がいた
夜は、まだ少し怯えている遥人君の元へ行くと
その頭を優しく撫でた
夜:「もう大丈夫よ」
その、女神のような微笑みに
遥人君の瞳から、ようやく恐怖の色が消えた
そして夜は
リビングのソファに座る全員に
八尺様の、本当の物語を
語り始めた
夜は語る
かつてこの地に、シズコという心優しき母がいたこと
彼女が、黒木家という、村を支配する一族の非道によって
愛する息子マモルと引き裂かれたこと
絶望の果てに、彼女が自ら命を絶ったこと
夜は語る
母親の怨念が、八尺様という怪異になったのではないこと
彼女は、ただ、我が子を探して、70年間も彷徨い続けていただけなのだと
夜は語る
鎮女村の地蔵が、彼女を封じる牢獄ではなく
彼女の魂を慰めるための、村人たちの優しさだったこと
そして、その一つの結界が、17年前の地滑りで壊れてしまったこと
最後に夜は語る
九条少年が、お守りとして渡されたよだれかけのせいで
シズコに「我が子」だと誤解されてしまったこと
そして、その誤解が解けた今
彼女の魂は、ようやく、本当の安らぎを得て
天に昇っていったのだと
全てを話し終えると
夜は、九条に向かって静かに言った
夜:「いつか、鎮女村に行ってあげてください」
夜:「四体の子供地蔵に、手を合わせに」
夜:「シズコさんは、もう、恐ろしい存在ではありませんから」
九条は、ただ、涙を流しながら
何度も、頷いていた
その時
仁が、不思議そうに尋ねた
仁:「そういえば、健太君は、どうしたんや?」
夜は、呆れたように、やれやれと首を振る仕草をした
夜:「あいつなら、車の中よ」
夜:「……のび太君みたいに、ぐったり伸びてるわ」
その、あまりに間の抜けた一言に
それまで張り詰めていたリビングの空気が、ふっと緩む
九条夫妻の口元に、微かな笑みが浮かんだ
仁:「ははっ。ワシも、のび太君になりかけたからな」
仁:「あの子の気持ちは、よう分かるわ」
夜は、心底安心したように、最後に言った
夜:「とにかく、もう二度と、八尺様は現れないわ」
夜:「……だから、安心して」
その言葉は
九条一家の、長い、長い悪夢の終わりを
確かに、告げていた