【京都・九条邸・庭】
シズコは
その美しい瞳から
静かに涙を流していた
そして
ゆっくりと、口を開く
70年間、誰にも届かなかった
彼女の、本当の声を
シズコ:「……日記の通りです」
シズコ:「あのメイドは、最後まで、私の味方でした」
シズコ:「景明さんとは、本当に、愛し合っていたんです」
シズコ:「彼からの猛アタックで、結婚して……そして、マモルが産まれた」
シズコ:「あの子は、私の『ぽっぽっぽっ』という、独特なあやし声にだけ、笑ってくれる子でした」
彼女は、遠い昔の、幸せだった日々を思い出し
ほんの少しだけ、微笑んだ
だが、その笑みは、すぐに悲しみに歪む
シズコ:「日記と少し違うのは……景明さんも、最初は、私の味方だったということです」
シズコ:「彼も、母親(鬼女)に逆らえず、私と離婚はしたけれど、こっそりと、私とマモルが会えるように、計らってくれていた」
シズコ:「でも……あのお母様が、景明さんに嘘を吹き込んだ」
シズコ:「『シズコは、お前と結婚している時から、使用人と関係があった』と」
シズコ:「……景明さんも、その言葉を、信じてしまった」
夜は、何も言わず
ただ、黙って、その悲しい告白を聞いていた
シズコ:「私は、実家の民宿に戻りました」
シズコ:「でも、村八分にされ、宿の客足は途絶え、両親や妹に、ひどい迷惑をかけた」
シズコ:「マモルに会えない悲しみと」
シズコ:「家族を不幸にしてしまった、申し訳なさに」
シズコ:「……私は、もう、耐えられなくなって」
シズコは
鎮女村の、あの深い森の奥で
自ら、その人生の幕を引いた
愛する我が子の名前を
最期に、呼びながら
夜:「……もしかして、あなたの実家の民宿は」
夜:「『渓山荘』という名前?」
シズコ:「……なぜ、その名前を?」
夜は、ふわりと、優しく微笑んだ
夜:「昨夜、一泊してきたのよ」
夜:「とても良いところだったわ。ご飯も、温泉も、最高だった」
その言葉に
シズコの、霊体であるはずの瞳が
嬉しそうに、潤んだ
夜:「シズコさん」
夜:「残念だけど、マモル君は、もうこの世界にはいないわ」
夜:「……だから、今度こそ、マモル君のいる世界へ、行ってあげて」
その言葉に
シズコの魂は、完全に救われた
彼女は、何度も、何度も、夜に頭を下げた
その顔には、70年ぶりに見る
心からの、母親としての笑顔が浮かんでいる
シズコ:「ありがとう……ございます……」
シズコ:「ありがとう……」
そう言いながら
彼女の体が
足元から、きらきらと輝く
光の粒子となって
夜空へと、舞い上がっていく
やがて
全ての光が、天に昇りきると
後には、ただ
穏やかな静寂だけが
残されていた



