ミオは心配ばかりしていたけど、本当は嫉妬していたのかも。
 だって、もし拾ったカードが逆だったら、ミオの方が7MENからアプローチをされていたのかもしれないよね。
 あれから、わたしは7MEN全員から声をかけられた。
 実久里(みくり)先輩、祐護(ゆうご)先輩、西庄(さいしょう)先輩、福嶺(ふくみね)先輩。
 学年が違うし、わたしは部活も何もやってないから、普段は接点ないんだけど、なぜか、その日はよく出会ってしまった。
 でもそれは出会うべくして出会ったともいえるし、全員と仲良くしていても別によくない?
 もしそれがミオだったら、不適格だろうけど。
 LINEの通知が鳴って、あわててスマホを見る。ミオからで、つい舌打ちしてしまう。
 この夏に着ようと新調した浴衣の着付けをしているところだった。濃い水色ベースに、オレンジや黄色、緑の花がちりばめられたカラフルな模様。白い帯にブルーの帯留め。
 塔屋くんとの約束の時間も近い。きょうは地元のお祭りに行くのだ。
 ミオだって知ってるのに、なんの用があるのか。
 送ってきたのはこんな文章だった。

『またカードが変わってない?』
『毒リンゴを食べるって出てるけど 気をつけて』

 毒リンゴ?
 わたしは自分のカードを確認した。すると、7人のこびとはいなくなっていて、白雪姫がつつましくリンゴをかじっている絵に変わっていた。
 そうか、白雪姫はだまされて毒リンゴを食べるんだ。
 それから……どうなるんだっけ?
 息を引き取ったように見えるけど、王子さまが助けに来てくれて――
 そして、キスをして目覚める。
 なんだ。笑いまでこみあげてくる。怖がることないじゃん。なにか進展があるってことでしょ。
 運命の人と出会うのか。
 塔屋くんなのかな。
 塔屋くんとデートして、それから――
 想像してにやけてしまった。
 だというのに、ミオったら、いちいち面倒だな。自分でも物語通りに進行してるっていってたのに、なにを心配しているんだろ。
 わたしは無視して支度をした。今はそれどころじゃないんだから。
 塔屋くんとデートできるのは、なにもこの不思議なカードのおかげというわけでもないはず。
 塔屋くんとはもともと知り合いだし、たまたま学校で見かけて誘ってみたくなったんだよ。
 2年ぶりに見かけて、きっとむこうもドキッとしたはず。
 わたしはメイクもして、時間に余裕を持って出かけた。急いで着崩れたり、汗だくになったりしたらサイアクだもん。

 待ち合わせの場所、第一の鳥居にはすでに塔屋くんはきていた。
 わたしの姿に気づいて手をあげる。黒い浴衣を着ていて、夕闇に溶け込みそうになっているけど、向けられた笑顔はわたしの胸に飛び込んできた。
「急がなくてもいいよ!」
 塔屋くんは浴衣で歩き慣れないわたしを気遣って、こっちに向かって小走りしてきた。
「やっぱ浴衣だよね。自分だけだったら、ちょっと恥ずかしいって思ってた」
「張り切りすぎって思われたらどうしようって……」
 恥じらいを見せると塔屋くんは大げさに手を振った。
「なにいってるの。かわいい。すっごく似合ってる。おしゃれしてきてくれると、うれしいよ」
 塔屋くんならそういうの、わかってくれると思ってた。かわいいといってくれるのももちろんうれしいけど、努力しているのを認めてくれるのもうれしかった。
「いこうか」
 塔屋くんは自然にわたしの手をにぎった。
 こういうのを付き合うっていうのかな。どういうつもり?なんて聞くものではないし。
 どこからスタートしているかっていったら、ここに来た時点で始まっている。
 そうでなければ来たらいけないんだなって、はじめて思った。
 朝霧には「友達から」なんていってしまったけど、どうしよう……
 いけない。今は塔屋くんのことだけを考えたい。
 わたしは自分の気持ちを伝えるように、塔屋くんを見上げながら手をにぎり返した。

 出店は道いっぱいにならんでいた。地元の青年団や氏子さんたち、どこからかやってきた露天商。みんな申し合わせたみたいに同じ店がなくて、歩いているだけで楽しい。
 ヨーヨー釣って、射的をして、戦利品は全部塔屋くんが持ち歩いてくれた。
 そろそろなにか食べたいなと思っていたとき、塔屋くんがある店を指さした。
 リンゴ(あめ)だ。
「オレ、リンゴ飴好きなんだよね。こういうところでしか売ってないじゃん。だから、買いたくなっちゃう」
 真っ赤にコーティングされたリンゴが店先に陳列されていた。
 毒リンゴって、これのこと?
 気にならないはずだったのに、目の前にして少し怖くなった。
 今までの反応との違いに、塔屋くんはわたしの顔を心配そうにのぞき込んだ。
「もしかして、リンゴ飴きらい?」
 わたしはとっさにウソをついた。
「いえ、わたしもリンゴ飴大好き。でも、大きいからいつも食べきれなくて」
「大丈夫だよ」
 塔屋くんはわたしの手を引いて店の前まで連れてきた。
「見て、小さいリンゴもつくってる」
 鉄板の上にはピンポン球くらいの小さなリンゴが並べてあった。溶かした飴をコーティングして鉄板の上で冷まして固まらせているようだ。
「ホントだ。かわいい!」
「姫リンゴっていう小さな種類のリンゴだよ」
「へぇ! 知らなかった」
「おごらせて」
「いいんですか」
「うん。自分から食べたいっていったし」
 塔屋くんは小さなリンゴ飴を2つ買った。真っ赤なリンゴをわたしに。緑色の飴のほうを自分に。
 緑のリンゴ飴は毒々しい。でも塔屋くんはうれしそうにペロッとなめた。
「あま」
 わたしもなめてみる。
「あま」
 顔を見合わせて笑い合い、今度はかじってみた。普通のリンゴよりすっぱくて、きっと塔屋くんもそう感じたのか、今度はなにもいわずにふたり顔を見合わせて笑った。
 そのときだ。塔屋くんのうしろを見知った顔が通りすがった。
 西庄先輩だ。何人かの友達を引き連れている。向こうもこちらに気づいたようだったけど、知らないそぶりで通り過ぎていった。塔屋くんは気がついていないみたい。
 西庄先輩は7MENのひとりで、彼にも声をかけられている。
 音楽教室の出入り口でたまたまぶつかってしまい、わたしはペンケースを落としてしまった。中身が散らばって一緒に拾い集めたのだが、あとになって消しゴムがないことに気がついた。
 音楽教室まで取りに戻る途中、西庄先輩も消しゴムが落ちていたことに気づいて持ってきてくれたところに出くわした。
「さっきはみんな見てたからいえなかったけど、前から気になってたんだ。これがきっかけになればいいなと思って」
 突然そんなこといわれて、返す言葉もなかったけど、とりあえず「ありがとうございます」とはにかんだ。
 西庄先輩は「あんまり気にしないで」といって去って行ったのだった。
 だから、惑わすことなんてしてないと思う。
 一方的だったじゃん。
 気まずさを一掃して塔屋くんを見つめる。
 それからの時間は塔屋くんのことしか考えていなかった。