花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 春。一本桜は、今年も満開だった。
  空はやわらかな水色。風は穏やかに吹き、提灯がまた木の下を照らしている。
  花びらが、ひとひら、ふたひらと舞っては、ベンチの上に積もっていった。
  今年の桜祭りの会場は、昨年とは少し違っていた。
  人の数も、灯りの数も、笑顔の数も、すべてが去年より多かった。
  けれど一番変わったのは、祭りの“代表”としてマイクを握る少年の姿だった。
  「……皆さん、こんばんは。桜祭り代表の、朝倉琥太郎です」
  ステージ中央に立つ琥太郎は、少しだけ背が伸び、声には以前より芯があった。
  拍手が静まると、彼は胸元から一枚の手紙を取り出した。
  「これは、一年前の祭りの翌朝に届いた、ある友達からの手紙です」
  彼は一度目を閉じて、息を整えた。
  「臆病でも、手を伸ばせば、誰かが握り返してくれる」
  その一文を読み上げたとき、観客席から小さなすすり泣きが聞こえた。
  「この町は、一本桜を守った町です。
  あの木の下で、涙を流したり、笑ったり、願ったりした、誰かの気持ちを大切にできる町です」
  風が吹き、ステージ上に花びらが舞い込んだ。
  琥太郎はそれをすくうように手を伸ばし、掌で受けとめた。
  「僕たちは、忘れません。愛桜のことも。みんなで守った桜のことも。
  だから来年も、その先も、桜が咲くこの場所で、また会いましょう」
  会場は静寂に包まれ――そして、大きな拍手が響いた。
  雅がステージ袖でそっと目をぬぐい、大希は無言で頷いた。
  真季はティッシュを何枚も使って涙をぬぐい、静は拍手のタイミングを目で追っていた。
  五人が、ステージに合流する。
  六人ではなくなってしまった輪。でも――
  一本桜の下、彼らの影の中に、かすかにもう一つの影が寄り添っていた。
  桜色の光が、そっと彼らを包み込んだ。
 夜が近づき、空は群青に染まりはじめていた。
  ライトアップされた桜は、まるで空から舞い降りた星のように、静かに町を照らしていた。
  「……準備できてる?」と静が尋ねた。
  「うん。あとは――」と、雅が深く頷いた。
  「じゃあ、いこう」
  琥太郎が小さく合図を出すと、大希が無言でスイッチを押した。
  その瞬間、夜空に火花が咲いた。
  ――ドン!
  続けて、色とりどりの花火が立て続けに夜を彩る。
  昨年と同じ、いや、それ以上の光。
  光に照らされる桜。
  提灯に揺れる人の笑顔。
  そして――彼女の面影。
  琥太郎は空を見上げて、静かに呟いた。
  「見えてる? ……愛桜」
  返事はなかったけれど、風が吹いた。
  桜の枝が揺れ、光がまたひときわ強く瞬いた。
  「ありがとう。また、来年も……見ててな」
  舞い落ちる花びらが、掌に触れた気がした。
  桜色の未来が、ここから始まっていく。
  ――終わりではなく、続いていく。
  「来年の春を迎える君へ」
  これはその第一歩の物語。