花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 翌朝。
  桜町には、穏やかな春の陽が差し込んでいた。
  昨夜のにぎわいが嘘のように静かで、提灯の揺れる音だけが、風に揺れている。
  病室の窓辺に、陽の光が差し込んでいた。
  白いカーテンがやわらかく揺れ、窓辺には一本の手紙が置かれていた。
  それは、愛桜が用意していたものだった。
  便箋は淡い桜色。文字は丁寧に、けれど少し震えていた。
  ――To みんなへ。
  琥太郎がその手紙を開いたのは、昼過ぎだった。
  母から「病院に来てほしい」とだけ伝えられ、駆けつけた病室で、彼は何も言えなかった。
  ベッドの上には、眠るように静かな彼女。
  そっと閉じられた目元には涙のあとが残っていた。
  「……うそ、だろ……」
  椅子に崩れるように座り込んだ琥太郎は、手紙を胸に抱きしめた。
  「やっと……やっと、これからなのに……」
  涙が、止まらなかった。
  午後、静、大希、真季、雅がそれぞれ呼び出され、静かな病室で再会した。
  全員、言葉を失っていた。
  そして、琥太郎が震える手で手紙を開いた。
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  みんなへ。
  まずは、ありがとう。ここまで一緒に走ってくれて。
  私は、あの桜を守りたかった。咲くたびに、私も一緒に咲けるような気がしてたから。
  でもね、本当は――みんなと出会えたことが、何よりの奇跡だった。
  怖がりだった琥太郎君。
  力持ちで優しい大希君。
  冗談で真剣になる真季ちゃん。
  いつも「自分が主役」って言ってた雅君。
  そして、冷静なのにどこか抜けてる静ちゃん。
  私は、そんなみんなが、大好きでした。
  最後にお願いがあります。
  ――来年も、桜の下で会おう。
  私はもう、そこで待ってるから。
  桜が咲いたら、笑って集まってね。
  それが、私の一番の夢です。
  愛桜より
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  手紙の最後の一文が、風に吹かれて震えていた。
  六人だったはずの輪の中に、もう一人――
  桜色の想いが、そっと寄り添っていた。
 数日後、一本桜の根元に小さな白い木製のベンチが設置された。
  愛桜が最後に見た、あの夜桜の真下に。
  そこには、町の人々が寄せ書きのように感謝の言葉を刻んでいた。
  《ありがとう、咲いてくれて》
  《また来年、会おうね》
  《この木と、あなたのことを忘れません》
  そのベンチの上で、琥太郎は手紙を広げた。
  静、大希、真季、雅も、そっと彼のまわりに集まる。
  「……これが、愛桜の願いなんだな」
  大希の低い声に、誰も返さず頷いた。
  「来年も、って……言われたら、やるしかないよね」
  真季が目元を拭きながら笑った。
  「うん。花火も、祭りも、桜も、全部」
  雅は珍しく背を向けていて、肩が小さく震えていた。
  「俺……俺、主役じゃなくていいよ」
  「そりゃそうだ。主役は……あの子なんだから」
  静が珍しく冗談めいた口調で言うと、雅が声を上げて泣き出した。
  「……ったく、ずるいよなぁ……あいつばっかさぁ……!」
  琥太郎はもう一度、手紙の最後を見つめた。
  ――来年も、桜の下で会おう。
  その言葉を胸に、彼は深く深く、頭を垂れた。
  「ありがとう。来年も、絶対来るよ。俺たち、来るからな」
  空を見上げると、ひとひらの桜が、風に乗って舞い落ちてきた。
  まるで「わかったよ」と、愛桜が返事しているようだった。