花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 四月が近づく頃、桜町の空はようやく晴れ間を見せ始めた。

 その日、町の広報掲示板には大きなポスターが貼り出された。
 「第一回・桜町ふれあいフェスタ――あの桜の下で、また会おう」
 開催日は、春休み最後の日。
 町民と中学生たちの共同開催。
 模擬店、音楽、地元の特産品紹介、そして……「桜保存プロジェクト」の展示ブース。

 「いよいよだな」

 グラウンドで設営準備に追われる中、琥太郎が汗を拭う。

 「いい祭りにしようぜ。あの桜に、負けないくらいさ」

 大希の声に、皆が笑う。

 「うちのクラス、焼きそば完売目指すよー!」

 「ポスター、もう貼るとこないくらいなんですけど!」

 「目立ってなんぼ!」

 「いや、うるさくてなんぼではない!」

 にぎやかな声が桜の枝先まで届いていた。

 祭り前日、琥太郎はもう一度、病室を訪れた。
 愛桜の容態は安定していて、看護師が「短時間なら」と許可を出してくれた。

 「ねぇ……お願いがあるんだけど」

 愛桜が言う。

 「その日、もしよかったら――ライブ中継してくれない?携帯で。私、見たいの」

 琥太郎は驚いたように瞬き、それからすぐに頷いた。

 「もちろん。ずっと、繋いでるよ」

 愛桜は満足そうに目を細めた。

 「じゃあ、明日、約束ね」

 「うん。約束」

 翌日、祭りは晴天のもとで始まった。

 人々の笑い声、出店の匂い、音楽のリズム。
 あの桜の下は、まるで町全体の心が集まったかのような温もりに包まれていた。

 そして午後、特設ステージの上。

 琥太郎はマイクの前に立っていた。
 右手にはスマホ。画面越しには、病室のベッドで見守る愛桜。

 「えっと……今日は、ありがとうございます」

 集まった人々と、スマホの先の彼女に向けて、ゆっくりと話し出す。

 「僕たちは、ひとつの桜を守ろうとしてきました。たった一本。でも、その一本に、いろんな気持ちが詰まっていました」

 会場の空気が、ふと静かになる。

 「守るって、簡単じゃなかった。でも、誰かが見てくれてた。信じてくれてた。……だから、今、ここに立てています」

 琥太郎は画面を見て、微笑んだ。

 「ありがとう。……愛桜」

 その瞬間、遠くで風が吹いた。

 ステージの背後にある一本桜。
 その枝から、一斉に花びらが舞い上がる。

 観客の間から、歓声と拍手が沸き起こる。

 画面の向こうで、愛桜が小さく涙ぐんだ。
 でも、それは笑っていた。

 風は春を運び、桜はその姿を惜しみなく広げていた。

 そして誰もが、その下で確かに「今」を生きていた。