締結式の翌日、琥太郎たちは一本桜のもとに集まっていた。
新しい工事計画では、桜の保存を前提に道路が設計され、周囲の安全措置と保全作業が急務となった。
町が用意した仮囲いや注意標識、保護シート、資材……やるべきことは山ほどある。
空はまだ薄い灰色に染まり、時折ひんやりとした風が吹く。
だが、その中にもどこか春の匂いが混じっていた。
「ここ、雨が溜まりやすいから、土盛っとくといいかも」
静がスケッチブックを開き、鉛筆で書き込んだメモを見せる。
丁寧に書かれた断面図と注意点。誰が見てもわかるようになっている。
「よし、やるか」
大希がスコップを手に取り、無言で地面を掘り始めた。
その隣で真季が声を張る。
「雅!あの資材、こっちに持ってきて!」
「よっしゃ、主役登場!」
「いや、運搬係な!」
いつものやりとり。いつものツッコミ。
笑い声が桜の枝に届くころ、風がふわりと花びらを揺らしたような気がした。
誰かが指示を出し、誰かがそれを受けて動き、また別の誰かが支える。
それはどこか、小さな演奏会のようだった。
琥太郎はその光景をしばらく見つめてから、そっと現場を離れた。
手には、昨日作ったばかりの記録アルバムがある。
病院へ向かう道すがら、ふと見上げると、街路樹の枝先に膨らんだ蕾がいくつも揺れていた。
まだ固く閉じているけれど、その先に確かな希望がある。
病室の扉をノックすると、愛桜がベッドの上で本を読んでいた。
目を上げ、顔を明るくする。
「来てくれたんだ」
「うん。……これ、見せたくてさ」
琥太郎はアルバムを差し出す。
表紙には「桜保存プロジェクト」と手書きのタイトル。
中をめくると、準備段階のメモ、現地の写真、協定締結式の様子、クラスメイトたちの寄せ書き……あらゆる記録が、時間の経過を語っていた。
「……すごい。全部、詰まってるね」
愛桜の指先がページをなぞる。
その動きが、まるで桜の花びらを撫でるようにやさしい。
「まだ途中。祭りが終わったら、完成版にする」
「……祭り」
愛桜がぽつりとつぶやく。
「来年も、できるといいな。桜、咲いて……みんなで笑って……」
その言葉に、琥太郎は首を横に振る。
「来年だけじゃなくて、ずっとだよ」
愛桜が驚いたように目を見開く。
「この先も、ずっと……あの桜の下で、集まれるように。
笑って、話して、思い出が増えていくように」
琥太郎の言葉に、愛桜はしばらく黙っていた。
やがて、窓の外を見つめたまま、小さく微笑む。
「じゃあ……来年、また一緒に、あの桜見ようね」
「うん。絶対」
その“約束”が、部屋の空気を温かく満たしていく。
花曇りの午後。
窓から差し込む淡い光が、二人の影をそっと重ね、静かに伸びていった。
新しい工事計画では、桜の保存を前提に道路が設計され、周囲の安全措置と保全作業が急務となった。
町が用意した仮囲いや注意標識、保護シート、資材……やるべきことは山ほどある。
空はまだ薄い灰色に染まり、時折ひんやりとした風が吹く。
だが、その中にもどこか春の匂いが混じっていた。
「ここ、雨が溜まりやすいから、土盛っとくといいかも」
静がスケッチブックを開き、鉛筆で書き込んだメモを見せる。
丁寧に書かれた断面図と注意点。誰が見てもわかるようになっている。
「よし、やるか」
大希がスコップを手に取り、無言で地面を掘り始めた。
その隣で真季が声を張る。
「雅!あの資材、こっちに持ってきて!」
「よっしゃ、主役登場!」
「いや、運搬係な!」
いつものやりとり。いつものツッコミ。
笑い声が桜の枝に届くころ、風がふわりと花びらを揺らしたような気がした。
誰かが指示を出し、誰かがそれを受けて動き、また別の誰かが支える。
それはどこか、小さな演奏会のようだった。
琥太郎はその光景をしばらく見つめてから、そっと現場を離れた。
手には、昨日作ったばかりの記録アルバムがある。
病院へ向かう道すがら、ふと見上げると、街路樹の枝先に膨らんだ蕾がいくつも揺れていた。
まだ固く閉じているけれど、その先に確かな希望がある。
病室の扉をノックすると、愛桜がベッドの上で本を読んでいた。
目を上げ、顔を明るくする。
「来てくれたんだ」
「うん。……これ、見せたくてさ」
琥太郎はアルバムを差し出す。
表紙には「桜保存プロジェクト」と手書きのタイトル。
中をめくると、準備段階のメモ、現地の写真、協定締結式の様子、クラスメイトたちの寄せ書き……あらゆる記録が、時間の経過を語っていた。
「……すごい。全部、詰まってるね」
愛桜の指先がページをなぞる。
その動きが、まるで桜の花びらを撫でるようにやさしい。
「まだ途中。祭りが終わったら、完成版にする」
「……祭り」
愛桜がぽつりとつぶやく。
「来年も、できるといいな。桜、咲いて……みんなで笑って……」
その言葉に、琥太郎は首を横に振る。
「来年だけじゃなくて、ずっとだよ」
愛桜が驚いたように目を見開く。
「この先も、ずっと……あの桜の下で、集まれるように。
笑って、話して、思い出が増えていくように」
琥太郎の言葉に、愛桜はしばらく黙っていた。
やがて、窓の外を見つめたまま、小さく微笑む。
「じゃあ……来年、また一緒に、あの桜見ようね」
「うん。絶対」
その“約束”が、部屋の空気を温かく満たしていく。
花曇りの午後。
窓から差し込む淡い光が、二人の影をそっと重ね、静かに伸びていった。



