花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 三月末、空は薄灰色の雲に覆われていた。
 春がそこまで来ているはずなのに、光はまだ地表に届かず、町全体がぼんやりと霞がかったように見える。
 それでも、琥太郎の胸の奥には、確かな晴れ間が広がっていた。

 ――今日は、あの日の“願い”が、ひとつの形になる日。

 町役場の大会議室。
 午後の陽が薄く射す中、スーツ姿の町長や町議会の議長、地域NPOの代表者らが整然と並ぶ壇上に、琥太郎と静の姿があった。

 「……これにて、協定締結式を終了します」

 司会の言葉とともに拍手が巻き起こった。
 その音は、会議室の壁に反響し、じんわりと胸の奥に染み込んでくる。

 「やったーっ!」

 思わず声を上げたのは真季だった。
 会場のあちこちからクスクスと笑いが起きる。場の空気が一気に和らいだ。

 壇上の脇では、雅が小さく頭を下げていた。いつになく真剣な顔だ。
 「ありがとうございました。俺なんかが目立とうとしてすみませんでした。……でも、皆とできて、本当によかったです」

 誰も突っ込まなかった。
 けれど、その言葉に込められた思いは、きっとみんなの心に届いていた。

 隣に立つ静が、淡く微笑む。
 「じゃあ、次の工程行くわよ。宣伝は真季、現場作業は大希、ポスターは雅。私は工程表を再調整するから」

 指示は的確で、しかも迷いがない。

 「おっけー!」
 「任された」
 「俺、裏方で頑張ります!」

 それぞれが、まるで舞台の役者のように、自分の持ち場へ向かっていく。
 このチームは、誰が欠けても成立しなかった。
 それぞれが、互いを信じて補い合ってきたからこそ、今日という日を迎えられたのだ。

 琥太郎のポケットが震えた。
 スマホの画面に表示された名前に、思わず息をのむ。

 ――愛桜。

 慌てて退出の許可を取り、人の少ない踊り場へと足早に移動する。
 画面をタップすると、すぐにビデオ通話がつながった。

 「聞いたよ。協定、結ばれたって」

 病室の白い天井が、カメラ越しに映ったかと思うと、やがて愛桜の顔が画面に収まった。
 腕には点滴のチューブ。顔色はまだ本調子とは言いがたい。
 けれど、そこにある笑みは、どんな花よりも柔らかかった。

 「うん。やっと……ここまで来た」

 琥太郎はスマホを両手で包み込むように持ち、画面にそっと語りかける。

 「すごいよ。琥太郎君たち、ほんとにすごい」

 愛桜の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
 それが溢れ出す前に、彼女は目を伏せ、小さく鼻をすする。

 「私……ここで見てることしかできないけど、すっごく嬉しい」

 その言葉に、琥太郎はぎゅっと唇を噛んだ。
 感情がこみ上げそうになるのを、なんとか抑え込む。

 「見ててくれたから、俺、逃げなかったよ」

 画面の向こうで、愛桜が静かに笑う。
 その笑みは、春の曇り空を少しだけ明るくするような力を持っていた。