花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 見えた。
 あの木の枝先に、ひときわ目立つ色があった。

 「……!」

 琥太郎の心臓が、ひときわ強く鼓動した。
 目を凝らす。間違いない。
 ほんの一輪。
 枝の先に、うす桃色の花が、確かに咲いていた。

 他の枝は、まだ蕾を固く閉ざしている。
 けれどその一輪だけが、誰よりも早く、春の訪れを告げていた。

 まるで――
 「おかえり」と、そう言ってくれているかのように。

 琥太郎は、息を飲んだ。
 胸の奥が、ふいに熱くなる。
 じわりと涙腺が緩む。
 だが、涙ではなかった。
 こみ上げてきたのは、言葉にならない想いだった。

 (咲いた……咲いたんだ……!)

 あの桜が、また咲いてくれた。
 伐採が決まっていた桜が、保存の希望が見えたこの町で、春の一番乗りを飾ってくれた。
 これは、奇跡なんかじゃない。
 仲間たちが踏みしめてきた日々が、誰かに届いていた証だった。

 ――臆病だった。
 ――逃げた。
 ――何度も、目を逸らした。

 でも、それでも――
 人を守りたいと思った。
 誰かの願いに応えたいと思った。
 あの日、愛桜と交わした“咲かせる”という約束を、嘘にしたくなかった。

 あの時の自分に、もし何かを言えるのなら、こう言うだろう。

 ――お前でも、変われるんだよって。

 「咲いたぞ――!」

 琥太郎の声が、教室いっぱいに響いた。

 その声に、教室がざわりと揺れる。
 「え!?」「マジ!?」「どこどこ!?」
 みんなが一斉に窓辺へ駆け寄る。

 真季が「ほんとだぁ!」と叫び、雅がカメラを構えながら涙ぐんでいる。
 静は窓の桟に手を添え、「早すぎる……けど、いい予兆ね」と目を細める。
 大希は何も言わない。ただ、窓の外を見つめ、ほんの少し、口角を上げた。

 光が教室を包んでいた。
 カーテンが風に揺れ、窓から差し込む陽射しが、まるで桜の花びらのように床を照らす。

 一本の桜が咲いた。
 それは、季節の始まりの合図でもあり――
 臆病だった少年の、一歩目を照らす光でもあった。