花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 二人の間に、しばしの静けさが流れる。
 病室の窓から見える風景は、冬の終わりを告げるような淡い光に包まれていた。

 窓の外には、まだ固く蕾を閉じた桜並木。
 風に揺れる枝の合間から、遠くの丘の上に立つ一本桜のシルエットが、かろうじて見えていた。
 その姿は、まるで深い眠りの中で夢を見ているようだった。

 「……咲くかな、今年」
 ぽつりと愛桜が呟いた。

 声はかすかで、表情も曇ってはいなかったけれど――その言葉の奥には、幾重にも重なった祈りがあった。
 身体のことも、天気のことも、そして桜の運命も。
 すべてが、まだ不確かな未来の中にある。

 「咲かせるよ。絶対に」
 琥太郎は即答した。
 迷いなく、力強く。

 言いながら、自分の言葉が自分を支えているのを感じた。
 これはただの励ましじゃない。
 自分への誓いでもある。

 愛桜は目を細め、小さくうなずいた。
 「うん。じゃあ、私も……それまでに体調整える」

 「うん……約束」

 言葉は短くても、その重みはどこまでも深く、静かだった。
 互いの目を見て、何も言わずにうなずき合う。
 まるでその瞬間、二人だけの時間が凍りついたかのようだった。

 それから、琥太郎は病室を後にした。
 振り返ったとき、ベッドの上の愛桜が、柔らかく手を振っていた。
 その笑顔を胸にしまって、彼は帰路についた。

 ――その夜。
 琥太郎は久しぶりに深く眠った。
 夢の中で、一本の桜が音もなく静かに花を咲かせていた。
 誰もいない夜明け前の校庭。
 その真ん中に咲いた一本桜は、光の中でゆらりと枝を揺らしていた。

 それはまるで、「信じてくれて、ありがとう」と言ってくれているようだった。

 三月中旬。

 教室には、春の光が射し込んでいた。
 カーテンがふわりと揺れ、窓枠に映る影がやさしく踊る。
 卒業まで、残り十日。

 桜町中学校三年の教室には、言葉にしづらい独特の空気が漂っていた。

 進路のこと、受験のこと。
 制服の第二ボタンの話に、卒業アルバムの落書き、撮り合いっこ。
 笑顔と寂しさと、期待と不安がごちゃまぜになって、教室全体がどこか落ち着かない。

 「保存計画案、来週中に町長と住民代表で協定結ぶって!」
 朝のHR前、真季が教室の扉を開けるなり声を弾ませた。

 「マジ!? よっしゃ、俺その日インタビューの撮影やる!」
 雅がすぐさまスマホと三脚を取り出して、机の上に展開する。

 「どこに提出すんだよその映像」
 静が呆れたように言いつつも、口元がわずかに綻んでいた。

 少しずつ、でも確かに“終わり”が近づいている。
 けれど、琥太郎たちにとっては、まだ終わっていなかった。
 むしろ、“始まり”がようやく姿を見せはじめていた。

 そのときだった。

 「で、琥太郎。お前さ……」
 窓の方を見ながら、大希があごでしゃくった。

 「……あそこ、見てこいよ」

 促されるままに、琥太郎は窓辺へ向かう。
 足元には春の光が差し、窓際の埃が金色にきらめいている。

 ゆっくりと顔を上げ、校舎の向こうを見やる。
 その先、町の外れに立つ――あの一本桜。