花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 外に出ると、雪は少しだけ弱まっていた。
 空は依然として重かったが、先ほどまでの圧迫感はどこか和らいでいた。

 歩きながら、琥太郎はスマートフォンを取り出した。
 役場の壁を背景に、受領印が押された控え用紙を写真に収める。
 画面を確認し、軽く頷いてから、グループチャットを開いた。

 そこに、たった一枚の写真と一行の文字を添える。

 〈提出、完了〉

 すぐに、既読が並んだ。
 そして間を置かずに、メッセージが次々と返ってくる。

 〈よっしゃあああ!〉
 〈かっこいい!〉
 〈あんた、最高〉
 〈よし、俺の顔写真もう一枚ポスターに貼ろう〉

 吹き出しそうになって、足が止まった。
 琥太郎は笑いながら顔を上げた。
 そして、ふと目を向けた先――

 町の外れ、遠くの高台に立つ一本の桜の木が見えた。

 今は枝だけの姿。
 花も葉もない、まるで眠っているような姿。
 それでも、その幹はしっかりと大地に立っていて、寒空に向かって枝を広げていた。

 琥太郎はしばらくその姿を見つめていた。
 まだ春ではない。
 まだ何も咲いていない。
 けれど、あの木は確かに、そこに生きている。

 (そして、俺も)

 自分もまた、今こうして立っている。
 あのときの自分とは違う。
 逃げなかった。向き合った。
 ほんの少しだけど、ちゃんと前に進めた。

 「……ただいま」

 誰にも聞こえない、小さな声で呟いた。
 それは、あの桜に向けての言葉でもあり、自分自身への言葉でもあった。

 そしてもう一歩、足を前に踏み出した。

 雪が、また舞い始めていた。
 白い世界のなかで、その一歩が、確かに新しい春へと続いていく気がした。