花曇りの同盟──一本桜と六人の春涙物語

 琥太郎はスコップを受け取り、ぎゅっと柄を握った。
 金属の冷たさが手のひらに染みる。だけど、不思議と嫌じゃなかった。
 その感触は、まるで「今ここにいる」と自分に教えてくれているようだった。

 二人で交互に、雪を削り、形を整えていく。
 会話はなかった。
 でも、沈黙は重くなかった。

 ときおり見合わせては、目で合図を送る。
 こっちを頼む。
 分かった。

 そんなやりとりを何度も繰り返しながら、グラウンドに描かれる桜の輪郭は、どんどん大きくなっていった。

 冷たい風が吹くたび、鼻の奥がつんとする。
 息を吸い込むと肺がひりひりする。
 けれど、琥太郎は少しもつらくなかった。
 むしろ、その寒さが、自分の迷いを振り払ってくれるような気がした。

 どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
 スコップを振るう腕が、じんわりと重くなる頃。
 ふと、後ろから歓声が上がった。

 「わ、すごっ!でっかい桜ー!」

 真季の声だった。
 振り返ると、いつの間にか数人のクラスメイトが校庭に降りてきていた。
 その中心で、真季が両手を広げて雪の桜を見上げていた。

 「これ、二人でやったの?すっごーい!私もやりたーい!」

 すぐに数人が加わり、それぞれ手に道具を持ってきた。
 バケツで雪を運ぶ者、手袋のまま雪をかき出す者。
 校庭が、少しずつ活気を取り戻していく。

 「カメラ!カメラ!」
 叫びながら走ってくるのは雅だった。
 「このシーン、絶対ポスターにするから!ね、これもう今年のテーマにしよう!」

 みんなの声が、笑顔が、白い空に吸い込まれていく。
 雪が舞っても、寒さなんて感じなかった。
 ただ楽しかった。嬉しかった。

 ――この場所に、ようやく帰ってこられた気がした。

 昼前。
 校庭には、グラウンドいっぱいに咲き誇る巨大な雪の桜が完成していた。
 真っ白な地面に、濃淡のある枝ぶり。
 真上から見れば、花が舞うような曲線が広がっていた。

 その中心に立った琥太郎は、ポケットから一冊のファイルを取り出した。
 表紙には、丁寧にラベルが貼られている。

 「これ……再製本した」
 声は少しだけ震えていたけれど、それでも彼は逃げずに続けた。

 「あのとき、濡らしちゃった署名。全部打ち直して、コピーして、ホッチキスで留め直して……」
 「今度は、ちゃんと届ける」

 その言葉に、真季がぱっと両手を叩いて歓声を上げた。
 「最高じゃん!やっぱり、主役は遅れてくるね!」

 雅がスマホを構えて連写しながら、「もう表紙にこの顔貼るから!」と叫ぶ。
 静が手帳を開いて、時間を確認する。

 「役場の開庁、今日の午後五時までよ。提出は?」

 琥太郎は、深呼吸をひとつ。
 冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んでから、はっきりと答えた。

 「……俺が行く」

 その声に、誰も異論を挟まなかった。
 みんなの目が、自然と琥太郎を見つめていた。
 そして、その瞳の中には、確かな信頼が宿っていた。