春馬は高校の教室でスケッチブックを広げていた。窓際の席から見える空は、旭ヶ丘中で見たあの朝日と同じ色だった。ペン先が自然に走り出す。描くのは虹色に光る涙――あの日守った壁画の色だ。
  放課後、美術部に顔を出すと、後輩たちが文化祭の企画書を囲んでいた。
 「先輩、これ見てもらえますか?」
  春馬は手に取って目を通す。
 「壁画を描きたいのか……いいね。だけど安全確認は徹底して」
  そう言ったとき、胸の奥に懐かしい声が蘇った。——しおりの「嫌われ役を恐れるな」という声だ。
  家に帰ると父が夕飯の支度をしていた。
 「今日はどうだった?」
 「楽しいよ。みんな真剣で」
  父は笑い、「お前が選んだ道だ。信じてやってみろ」と言った。あの日、自分の決断を認めてくれた父の笑顔に春馬はまた救われる。
  六月二十七日、仲間が集まった。愛理は新しいカメラを持ってきて、勇希は運動部の経験を活かして脚立を組み立て、しおりは段取りを確認し、雅史は耐久計算を披露し、恭子は資料を手に解説してくれた。
 「こうして集まると、またあの日に戻ったみたいだね」愛理の言葉に、全員が頷いた。
  壁画の保存スペースに行くと、あの虹色が変わらず輝いていた。春馬は仲間と共に、壁画の前で再び誓った。
 「この色を忘れない。この涙の意味を、次の誰かに繋ぐ」