翌年六月二十一日、旭ヶ丘中学校の最後の卒業式の日。新校舎の前には、それぞれの制服を着た春馬たちが集まっていた。
 「結局、みんな別々の高校なんだな」勇希が空を仰いで言った。
 「でも、あの壁画は残る。だから私たちの気持ちは一緒だよ」愛理は春馬の隣で微笑んだ。
  しおりが卒業証書を抱えたまま言った。
 「嫌われ役を買った甲斐があったね。あの時強く言わなかったら、あんな展示にはならなかった」
 「ありがとう、しおり。君の一言がなかったら、僕はまた迷ってばかりだったと思う」春馬は正直に伝えた。
  しおりは少し照れたように視線を逸らし、「言わせないでよ」と笑った。
  雅史は小さな模型を取り出し、仲間に見せた。
 「これは旧校舎の壁画部分を再現したもの。保存状態の記録も兼ねているんだ」
  恭子は感心したように頷く。
 「あなたは本当に丁寧ね。私もこの一年で色々なことを学び続けられた気がする」
  春馬は深呼吸をし、みんなを見回した。
 「僕……決めたよ。将来、美術教師になる」
  その言葉に仲間全員が目を見開いた。
 「本気か?」勇希が笑う。
 「うん。みんなと一緒に描いたあの壁画みたいに、誰かの心を動かせる絵を教えたい」
  愛理がそっとカメラを掲げた。
 「じゃあ、最後の一枚。未来へ向けて」
  シャッター音が響くと同時に、誰からともなく涙が溢れた。
 写真を撮り終えると、誰もが言葉を失った。頬を伝う涙を拭う者もいれば、ただ笑顔のまま立ち尽くす者もいた。春馬は新校舎の向こうに残された旧校舎の壁を見やった。虹色に輝く涙色インクの壁画は、あの日と変わらぬまま静かに立っている。
 「ここで泣くなんて……」愛理が笑いながらも目を赤くした。
 「泣いてもいいだろ、最後なんだから」勇希が声を張る。
  しおりは涙をこらえきれず、ハンカチで顔を隠した。
 「嫌われ役のくせに、泣いてんじゃん」春馬が冗談を言うと、しおりはハンカチ越しに笑った。
 「だって、ここは私の居場所だったから」
  雅史は模型を大切に抱え直し、静かに呟いた。
 「僕も、ここで学んだ時間を一生忘れない」
  恭子は穏やかに頷き、仲間一人ひとりの肩に手を置いた。
 「みんな、それぞれの場所でまた学び続けていこう」
  春馬は涙で曇る視界のまま、深く息を吸った。
 「ありがとう、みんな……そして、ありがとう、旭ヶ丘中」
  その言葉に誰も返事をしなかった。返事の代わりに全員が校門を振り返り、ゆっくりと歩き出した。
  虹色の壁画が朝日を浴びて輝く中、彼らの未来もまた、静かに開かれていった。