「よし! 作戦会議開始!」
環那はリビングのテーブルに広げたノートにペンを走らせながら、目をキラキラさせていた。俺はため息をつきながら、その向かいに座る。
「…作戦会議って、大げさすぎるだろ」
「そんなことないよ! 涼太くんと彩音ちゃんは、このままじゃ一生すれ違っちゃうんだから、私たちの力でなんとかしてあげないと!」
俺は正直、他人の恋愛に首を突っ込むのは気が進まなかった。しかし、環那の熱意に押され、渋々頷くしかなかった。
「まず、二人が二人きりになれる時間を作ることが重要だよね。あと、二人がお互いの良いところを再確認できるようなシチュエーションも必要!」
環那はそう言って、ノートに**「映画館の隣席作戦」や「図書室の参考書探し作戦」**など、やたらと物騒な名前の作戦を書き連ねていく。
「映画館は隣同士になれる可能性が高いけど、会話ができないだろ。それに、涼太と彩音は、二人きりになるとどうしていいかわからなくなるタイプだ」
俺の指摘に、環那は「むむむ……」と唸りながら頬を膨らませる。
「じゃあ、周くんはどんな作戦がいいと思う?」
その真っ直ぐな瞳に、俺は少し動揺した。いつものように「俺は関係ない」と突き放すこともできた。しかし、なぜかその言葉は喉の奥で詰まって出てこなかった。
「……共同作業だ。何か一つの目標に向かって、二人で協力する機会を与えればいい」
俺の言葉に、環那の目がパッと輝いた。
「それだ! 共同作業! 何がいいかなぁ……そうだ! 生徒会の仕事で、文化祭の企画を二人でやってもらおう! 周くん、生徒会長として二人を指名して!」
「それは俺の仕事の範疇じゃない。……だいたい、お前はなぜそこまで他人の恋愛に夢中なんだ」
「だって、二人とも、お互いが好きなのに、なんだかんだ理由つけて、全然進展しないんだもん。見てるこっちがじれったいんだよ!」
環那は心底そう思っているようだった。彼女は、両片想いというもどかしい関係を、何よりも嫌うのかもしれない。それは、自分自身が同じ境遇にあるからか……?
俺は、その時、環那がなぜ俺と一緒にいることにこだわるのか、少しだけわかったような気がした。
彼女は、常に誰かと繋がっていたいのだ。一人になるのが怖いから。だから、周りから「仲がいいね」と言われるような関係を、無意識に作り上げようとしているのかもしれない。
俺は生徒会長として、涼太と彩音を文化祭の企画担当に任命した。最初は戸惑っていた二人だったが、環那の「二人なら絶対素敵な企画ができるよ!」という言葉に背中を押され、快く引き受けてくれた。
環那は二人を応援する一方で、俺のことは今まで通り、自分のペースに巻き込んでいく。
「ねぇ、周くん。文化祭の企画、二人はどうなってるかな? ちょっと偵察に行こうよ!」
「偵察って……。仕事の邪魔になるだけだ」
「いいじゃん! 一緒に行こうよ!」
彼女は俺の手を引っ張り、生徒会室へと向かう。生徒会室では、涼太と彩音は少し緊張した面持ちで、企画書を前に話し合っていた。
「わあ、すごい! 二人とも、もうこんなに進んでるんだ!」
環那は感嘆の声を上げて、二人の会話に耳を傾ける。俺は、そんな彼女を少し離れた場所から見つめていた。
その表情は、心底楽しそうで、幸せそうだった。まるで、自分のことのように喜んでいる。その姿を見て、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
俺の隣にいたいと願う彼女の腹黒さは、実は、誰かの幸せを願う気持ちの表れなのかもしれない。
文化祭当日。
涼太と彩音は、二人で考えた「お化け屋敷」の企画が大成功を収め、大いに盛り上がっていた。二人はすっかり打ち解け、楽しそうに談笑している。
環那は、そんな二人を嬉しそうに見つめていた。
「よかったね、周くん。二人の恋が、少し進んだみたい」
「ああ……そうだな」
俺は、環那の笑顔を見つめる。その笑顔は、いつもの腹黒い笑顔とは少し違っていた。本当に心から、二人の幸せを喜んでいる、純粋な笑顔だった。
「ねぇ、周くん。私、嬉しいんだ」
「何がだ?」
「だって、涼太くんと彩音ちゃんが仲良くなれたのは、周くんが手伝ってくれたからだよ。周くんは、すごく優しいんだね」
「……っ」
俺は言葉に詰まった。冷たいとばかり言われてきた俺が、彼女から「優しい」と言われた。それは、俺にとって、何よりも嬉しい言葉だった。
その夜、文化祭の打ち上げで、涼太が俺の元にやってきた。
「周、ありがとうな。環那と協力してくれたおかげで、彩音と話せるようになった。正直、俺は彩音と二人きりになるのが怖くて、ずっと気持ちを伝えられずにいたんだ」
「……」
「でも、環那がさ、『大丈夫だよ、涼太くんならできるよ!』って、何度も背中を押してくれたんだ。あいつ、ああ見えて、すごくいい奴だろ?」
涼太の言葉に、俺は頷いた。環那は、自分の腹黒さや意地悪さを、決してひけらかさない。むしろ、無自覚に、他人の幸せを願う、不器用な優しさを持っている。
俺は、そんな環那の本当の姿を知っている。
俺は、ずっと彼女のことを、俺の完璧な日常を壊す「不協和音」だと思っていた。しかし、実はその不協和音こそが、俺の人生に彩りを与えてくれていたのだ。
俺は、環那と一緒にいたかった。彼女が俺の隣にいることが、当たり前の日常になっていた。
文化祭が終わって数日後、俺は環那を屋上に呼び出した。環那は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「どうしたの、周くん。急に呼び出して」
「環那。……お前が、俺の家に転がり込んできた理由。隣に怪しい人がいるって、あれ、嘘だろ」
環那は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた後、静かに俯いた。
「……ごめん。どうしても周くんと一緒にいたくて、つい嘘をついちゃったんだ。私、一人になるのが怖くて……。だから、周くんと一緒にいることで、寂しい気持ちをごまかしてたんだ」
彼女の言葉は、俺の想像通りだった。しかし、その言葉を聞いて、俺は少しも怒りを感じなかった。
「もう、嘘をつかなくていい。寂しい思いもさせない」
俺は、環那の手を優しく握った。
「環那。お前は、俺の完璧な日常をめちゃくちゃにした。俺のルールも、ルーティンも、全部崩壊した」
環那は悲しそうな顔で、俺の手を離そうとした。しかし、俺は彼女の手を強く握りしめる。
「だけど、そのめちゃくちゃな日常が、今の俺には何よりも心地いい。お前がいないと、俺の日常は完璧すぎてもうつまらない」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「環那。俺は、お前が好きだ。お前の腹黒さも、意地悪なところも、無自覚な優しさも、全部ひっくるめて、お前が好きだ。だから、もう二度と嘘をつかなくていい。一生、俺の隣にいてほしい」
環那は、信じられないというように、大きく目を見開いた。彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「周くん……」
「泣くな。お前のせいで、俺のハンカチが濡れるだろ」
俺はそう言って、彼女の頬に優しく触れた。環那は、俺の胸に飛び込んで、大声で泣きじゃくった。
「周くん……私も、周くんが好き! ずっと、ずっと好きだったの!」
俺は、環那の頭を優しく撫でた。
俺の完璧な日常は、もう二度と戻らない。
しかし、これからは、環那という最高の不協和音と共に、二人だけの完璧な日常を、一から築き上げていく。
俺の人生は、お前という名の不協和音で満たされていく。それは、極上で、運命のハーモニーだった。
環那はリビングのテーブルに広げたノートにペンを走らせながら、目をキラキラさせていた。俺はため息をつきながら、その向かいに座る。
「…作戦会議って、大げさすぎるだろ」
「そんなことないよ! 涼太くんと彩音ちゃんは、このままじゃ一生すれ違っちゃうんだから、私たちの力でなんとかしてあげないと!」
俺は正直、他人の恋愛に首を突っ込むのは気が進まなかった。しかし、環那の熱意に押され、渋々頷くしかなかった。
「まず、二人が二人きりになれる時間を作ることが重要だよね。あと、二人がお互いの良いところを再確認できるようなシチュエーションも必要!」
環那はそう言って、ノートに**「映画館の隣席作戦」や「図書室の参考書探し作戦」**など、やたらと物騒な名前の作戦を書き連ねていく。
「映画館は隣同士になれる可能性が高いけど、会話ができないだろ。それに、涼太と彩音は、二人きりになるとどうしていいかわからなくなるタイプだ」
俺の指摘に、環那は「むむむ……」と唸りながら頬を膨らませる。
「じゃあ、周くんはどんな作戦がいいと思う?」
その真っ直ぐな瞳に、俺は少し動揺した。いつものように「俺は関係ない」と突き放すこともできた。しかし、なぜかその言葉は喉の奥で詰まって出てこなかった。
「……共同作業だ。何か一つの目標に向かって、二人で協力する機会を与えればいい」
俺の言葉に、環那の目がパッと輝いた。
「それだ! 共同作業! 何がいいかなぁ……そうだ! 生徒会の仕事で、文化祭の企画を二人でやってもらおう! 周くん、生徒会長として二人を指名して!」
「それは俺の仕事の範疇じゃない。……だいたい、お前はなぜそこまで他人の恋愛に夢中なんだ」
「だって、二人とも、お互いが好きなのに、なんだかんだ理由つけて、全然進展しないんだもん。見てるこっちがじれったいんだよ!」
環那は心底そう思っているようだった。彼女は、両片想いというもどかしい関係を、何よりも嫌うのかもしれない。それは、自分自身が同じ境遇にあるからか……?
俺は、その時、環那がなぜ俺と一緒にいることにこだわるのか、少しだけわかったような気がした。
彼女は、常に誰かと繋がっていたいのだ。一人になるのが怖いから。だから、周りから「仲がいいね」と言われるような関係を、無意識に作り上げようとしているのかもしれない。
俺は生徒会長として、涼太と彩音を文化祭の企画担当に任命した。最初は戸惑っていた二人だったが、環那の「二人なら絶対素敵な企画ができるよ!」という言葉に背中を押され、快く引き受けてくれた。
環那は二人を応援する一方で、俺のことは今まで通り、自分のペースに巻き込んでいく。
「ねぇ、周くん。文化祭の企画、二人はどうなってるかな? ちょっと偵察に行こうよ!」
「偵察って……。仕事の邪魔になるだけだ」
「いいじゃん! 一緒に行こうよ!」
彼女は俺の手を引っ張り、生徒会室へと向かう。生徒会室では、涼太と彩音は少し緊張した面持ちで、企画書を前に話し合っていた。
「わあ、すごい! 二人とも、もうこんなに進んでるんだ!」
環那は感嘆の声を上げて、二人の会話に耳を傾ける。俺は、そんな彼女を少し離れた場所から見つめていた。
その表情は、心底楽しそうで、幸せそうだった。まるで、自分のことのように喜んでいる。その姿を見て、俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
俺の隣にいたいと願う彼女の腹黒さは、実は、誰かの幸せを願う気持ちの表れなのかもしれない。
文化祭当日。
涼太と彩音は、二人で考えた「お化け屋敷」の企画が大成功を収め、大いに盛り上がっていた。二人はすっかり打ち解け、楽しそうに談笑している。
環那は、そんな二人を嬉しそうに見つめていた。
「よかったね、周くん。二人の恋が、少し進んだみたい」
「ああ……そうだな」
俺は、環那の笑顔を見つめる。その笑顔は、いつもの腹黒い笑顔とは少し違っていた。本当に心から、二人の幸せを喜んでいる、純粋な笑顔だった。
「ねぇ、周くん。私、嬉しいんだ」
「何がだ?」
「だって、涼太くんと彩音ちゃんが仲良くなれたのは、周くんが手伝ってくれたからだよ。周くんは、すごく優しいんだね」
「……っ」
俺は言葉に詰まった。冷たいとばかり言われてきた俺が、彼女から「優しい」と言われた。それは、俺にとって、何よりも嬉しい言葉だった。
その夜、文化祭の打ち上げで、涼太が俺の元にやってきた。
「周、ありがとうな。環那と協力してくれたおかげで、彩音と話せるようになった。正直、俺は彩音と二人きりになるのが怖くて、ずっと気持ちを伝えられずにいたんだ」
「……」
「でも、環那がさ、『大丈夫だよ、涼太くんならできるよ!』って、何度も背中を押してくれたんだ。あいつ、ああ見えて、すごくいい奴だろ?」
涼太の言葉に、俺は頷いた。環那は、自分の腹黒さや意地悪さを、決してひけらかさない。むしろ、無自覚に、他人の幸せを願う、不器用な優しさを持っている。
俺は、そんな環那の本当の姿を知っている。
俺は、ずっと彼女のことを、俺の完璧な日常を壊す「不協和音」だと思っていた。しかし、実はその不協和音こそが、俺の人生に彩りを与えてくれていたのだ。
俺は、環那と一緒にいたかった。彼女が俺の隣にいることが、当たり前の日常になっていた。
文化祭が終わって数日後、俺は環那を屋上に呼び出した。環那は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「どうしたの、周くん。急に呼び出して」
「環那。……お前が、俺の家に転がり込んできた理由。隣に怪しい人がいるって、あれ、嘘だろ」
環那は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた後、静かに俯いた。
「……ごめん。どうしても周くんと一緒にいたくて、つい嘘をついちゃったんだ。私、一人になるのが怖くて……。だから、周くんと一緒にいることで、寂しい気持ちをごまかしてたんだ」
彼女の言葉は、俺の想像通りだった。しかし、その言葉を聞いて、俺は少しも怒りを感じなかった。
「もう、嘘をつかなくていい。寂しい思いもさせない」
俺は、環那の手を優しく握った。
「環那。お前は、俺の完璧な日常をめちゃくちゃにした。俺のルールも、ルーティンも、全部崩壊した」
環那は悲しそうな顔で、俺の手を離そうとした。しかし、俺は彼女の手を強く握りしめる。
「だけど、そのめちゃくちゃな日常が、今の俺には何よりも心地いい。お前がいないと、俺の日常は完璧すぎてもうつまらない」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「環那。俺は、お前が好きだ。お前の腹黒さも、意地悪なところも、無自覚な優しさも、全部ひっくるめて、お前が好きだ。だから、もう二度と嘘をつかなくていい。一生、俺の隣にいてほしい」
環那は、信じられないというように、大きく目を見開いた。彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「周くん……」
「泣くな。お前のせいで、俺のハンカチが濡れるだろ」
俺はそう言って、彼女の頬に優しく触れた。環那は、俺の胸に飛び込んで、大声で泣きじゃくった。
「周くん……私も、周くんが好き! ずっと、ずっと好きだったの!」
俺は、環那の頭を優しく撫でた。
俺の完璧な日常は、もう二度と戻らない。
しかし、これからは、環那という最高の不協和音と共に、二人だけの完璧な日常を、一から築き上げていく。
俺の人生は、お前という名の不協和音で満たされていく。それは、極上で、運命のハーモニーだった。



