航大と別れ、一人帰り道を歩きながら、私はずっと彼のことを考えていた。
(どうして、航大くんはあんなに悲しそうな顔をしたんだろう……?)
図書館での彼の表情が、私の脳裏から離れない。完璧で、いつも微笑みを絶やさない彼が見せた、ほんの一瞬の孤高な表情。
私は、彼の二面性の奥にある、本当の姿を知りたいと強く思った。
翌日の放課後、生徒会室。
私たちは、避難訓練の次の企画について話し合っていた。
「第二ミッションは、『宇宙人との交流会』にしようと思っています」
航大はそう言って、ホワイトボードに次の企画案を書き出した。
「宇宙人との交流会かぁ……! 宇宙人クッキー、たくさん焼いちゃおうかな!」
朱音が楽しそうに話す。
「じゃあ、俺が宇宙人の言葉を翻訳して、みんなに教える役とかどうかな? やっぱり注目の的にならないとね!」
佑がここぞとばかりにアピールする。
「ふん。交流会なら、宇宙人たちが喜びそうな、地球の文化を教えるべきでしょ。私が日本文化研究会のメンバーを集めて、手裏剣の作り方を教えるわ」
瑞貴は、またしても競争心むき出しで、対抗意識を燃やしていた。
航大は、そんな個性豊かなメンバーたちを、いつも通り温かい笑顔で見守っている。
(やっぱり、いつもの航大くんだ……。昨日のことは、私の考えすぎだったのかな……?)
私は、航大の完璧な仮面に、少しだけ戸惑いを覚えていた。
「優菜さん、何かアイデアは?」
航大が、また私に話を振ってくれた。
私は、航大の過去について聞きたい気持ちを抑え、空想を口にした。
「その……交流会の会場に、宇宙人が仕掛けた『タイムワープ装置』を設置するのはどうでしょう?」
「タイムワープ装置?」
航大は、少しだけ眉をひそめた。
「はい! その装置を作動させると、交流会に参加した生徒たちが、未来の地球にワープしちゃうんです! そこで、環境破壊が進んだ未来の地球を見て、生徒たちが反省する、みたいな……」
私の突飛なアイデアに、生徒会室は静まり返った。
「……優菜さん。それは、少し企画として複雑すぎるのでは……」
航大は、珍しく私のアイデアを否定した。
(あれ……? いつもなら、私のアイデアを面白がってくれるのに……)
私は、航大の反応に少しだけ落ち込んだ。
「ねぇ、柊会長。優菜のアイデア、面白いじゃん! タイムワープなんて、ロマンがあって最高だよ!」
佑が航大に食ってかかる。
「そうよ。それに、未来の地球を再現するなんて、競争心が掻き立てられるわ。私が全部、責任持ってやるから!」
瑞貴も、航大に異議を唱える。
生徒会メンバーが、私のアイデアを支持してくれたことで、航大は苦笑いを浮かべた。
「……わかった。では、タイムワープ装置の設置について、もう少し検討してみましょう」
会議が終わり、私は航大の元へ向かった。
「航大くん……私のアイデア、やっぱり変だったかな……?」
「そんなことはない。君の空想的な発想は、いつも僕を驚かせてくれる。ただ……」
航大は、そこで言葉を切った。
「ただ、どうしたの?」
「……ただ、僕には、そのアイデアが、少し危険に思えたんだ。過去に、僕が似たような企画で失敗したことがあってね……」
航大は、そこで初めて、私に過去の出来事を打ち明けてくれた。
「一年生の時に、僕は生徒会に入ろうと、少し突飛な企画を立てたんだ。でも、それが大失敗に終わり、たくさんの人に迷惑をかけてしまってね……。それ以来、僕は、新しいことに挑戦するのが少し不器用になってしまったんだ」
航大はそう言って、寂しそうに微笑んだ。
(そうか……。航大くんの完璧な笑顔は、過去の失敗を隠すための仮面だったんだ……)
私は、航大の完璧な笑顔の裏に隠された、彼の心の傷跡に触れた気がした。
「航大くん……大丈夫。私がいるから」
私はそう言うと、航大の手をそっと握った。
「優菜さん……」
航大は、驚いた顔で私を見つめた。
(私……航大くんのことが、好きだ……)
私の胸の中で、無自覚だった気持ちが、はっきりと自覚へと変わっていく。
この不器用な両片想いは、二人だけの過去の秘密を共有することで、ゆっくりと、でも確実に、愛へと変わっていく。



