「優菜、おはよ! 昨日、放送聞いたよ! めちゃくちゃ面白かった!」
翌朝、登校するとすぐにクラスメイトが声をかけてきた。
「え、あ、ありがとう……」
私は戸惑いを隠せない。どうせ「桜井さんって、本当に変わってるね」と笑われるだろうと覚悟していたのに、返ってきたのは純粋な称賛だった。
「タコ型宇宙人、なんかちょっと可愛いかもって思った!」
「環境問題に触れてたのも、意外と心に刺さったんだよね」
まさか、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。私の空想の産物が、生徒たちの心に響いている。
(これも、航大くんが真剣に受け止めてくれたおかげだわ……)
私の胸は、少しだけ温かくなった。しかし、その喜びも束の間、私の脳内では別の空想が始まっていた。
(もしかして、このまま宇宙人襲来避難訓練が大成功したら……私は学園のヒーローになれる!? いや、それよりも、航大くんとタコ型宇宙人との友情物語を描いて、映画化なんてどうかな? 主演はもちろん、航大くんで……)
「優菜!」
「はっ!」
佑の声に、私は現実に引き戻された。
「優菜、やっぱり凄いよ! 校内中が昨日の放送の話題で持ちきりだ。やっぱり俺、優菜を助ける勇者役、立候補するよ!」
佑は興奮気味にそう言い、私の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、佑くん……!」
「注目を集めるのは得意なんだ! 俺がヒーローになって、生徒の皆を盛り上げてみせる!」
その日の生徒会会議は、まさに戦場だった。
「宇宙人襲来避難訓練、第二段階について話し合いたいと思います」
航大の言葉を皮切りに、佑と瑞貴が火花を散らし始めた。
「第二段階は、ヒーローの登場だ! 俺が先陣を切って宇宙人に立ち向かう!」
佑が力強くそう宣言する。
しかし、瑞貴は冷たい声でそれを遮った。
「ヒーローなんて、そんな甘いもんじゃないでしょ。競争心が強い生徒たちを巻き込むなら、もっと本格的に、サバイバルゲーム要素を取り入れるべきだわ。ドローンを飛ばして、校内のどこかに隠された『脱出キー』を探させるの。一番早く見つけたグループが勝者」
「はぁ? 瑞貴、それじゃ俺のヒーロー性が活かせないだろ!」
「何言ってるの? ヒーローなんて、ただ目立ちたいだけのあんたに務まるわけないでしょ」
二人の言い争いに、私は思わず身を縮めた。
「あの、その……」
私が恐る恐る声を出すと、航大が優しく私の方を向いてくれた。
「優菜さん、何かアイデアが?」
「えっと……佑くんのヒーローも、瑞貴さんのサバイバルゲームも、どっちも面白くて……いっそ、宇宙人が仕掛けた『謎解きゲーム』にして、クリアした人の中からランダムで『勇者』と『戦姫』を選出するのはどうかな? 勇者は佑くん、戦姫は瑞貴さんで」
私の空想的な発想が、またしても暴走した。
しかし、このアイデアは二人を満足させたらしい。
「なるほど、それなら俺のヒーロー性も活かせる!」
「ふん、戦姫ね……悪くない」
二人は不満げな顔をしつつも、そのアイデアに納得してくれた。
「優菜さん、君は本当にすごい。みんなの意見を上手くまとめ、それでいて新しいアイデアを生み出せる。不器用な僕には、到底真似できない」
航大は、そう言って優しく微笑んだ。
(また褒めてくれた……! でも、私を褒めるのは、生徒会長として当然のことよね。私が副会長だから……)
私はまたしても、航大の言葉を細やかな配慮だと解釈する。
その時、航大が私の机の上に、そっとペットボトルを置いた。
「よかったら、どうぞ。会議が長引きそうですから」
「えっ?」
それは、私がいつも飲んでいる、いちごミルクのペットボトルだった。
(どうして、航大くんがこれを……? 航大くんはいつもブラックコーヒーなのに……)
私の頭の中は、疑問符でいっぱいになる。
航大は、ただニコリと笑い、再びホワイトボードに向き直った。その姿は、相変わらず極上男子で、完璧超人だ。
しかし、私の胸は、さっきよりもずっと甘く締め付けられる気がした。
私の空想は、まだ無自覚なまま、航大の行動に翻弄されていた。



