「宇宙人襲来避難訓練、か……」
航大の真剣な呟きに、生徒会室には再び静寂が訪れた。
航大はホワイトボードの前に立ち、腕を組みながらじっと考え込んでいる。その横顔は、彫刻のように美しく、完璧超人であることを証明しているようだった。
(ああ、会長……どうして私の突飛なアイデアを真剣に受け止めちゃうのよ……)
私は居たたまれなさで身をよじった。
私の空想は、あくまでも私の脳内のお花畑で咲く花。それを現実世界に持ち出すなんて、想像するだけでゾッとする。
「優菜さん、何かイメージはありますか?」
突然、航大が私の方を振り返った。
その真剣な眼差しに、私は完全にフリーズする。
「い、イメージですか!?」
「はい。例えば、宇宙人はどんな姿で、どんな乗り物で来るのか。避難場所はどこで、どんな指示が出されるのか。君の空想こそが、この企画の核心ですから」
航大の言葉は、私にとって毒にも薬にもなる。彼が私に期待してくれるのは嬉しい。でも、それは私という「土星」に「太陽」のような輝きを求めているようなものだ。
(どうしよう、どうしよう! 私の空想、そのまま言ったら引かれるに決まってる!)
私がパニックになっていると、救いの手が差し伸べられた。
「ねぇ、優菜。俺が宇宙人を撃退する勇者の役とか、どうかな? 宇宙人に襲われた優菜を、俺が助けて……」
佑がキラキラした目で話し始める。
「高橋くんは、常に注目を集めたがりますね」
瑞貴が冷ややかな声で佑を制した。
「五十嵐は競争心が強いね。まさか、瑞貴も勇者になりたいの?」
「別に。私はそれよりも、どんな風に宇宙人をシミュレーションするかのほうが興味がある。ドローンでも飛ばしてみる?」
佑と瑞貴が火花を散らし始め、生徒会室は一気に騒がしくなった。その様子を見て、朱音が朗らかな声で笑う。
「ふふ、みんな楽しそうですね! 私は、もし宇宙人が攻めてきたら、お菓子をあげて仲良くなりたいな。宇宙人クッキーとか作ってみるのはどうかな?」
その言葉に、航大は優しく微笑んだ。
「安藤さんのアイデア、いいですね。友好路線も大事だ。秀太くんはどう思う?」
航大に話を振られた秀太は、いつものように考え込む。
「……んー、そうですね。宇宙人クッキーもいいし、ドローンも面白い。でも、まずは……『宇宙人』という存在を、どうやって生徒に知らせるか、かな。いきなり『避難訓練』と言っても、混乱するだけかもしれないし」
秀太の言葉は、まるで冷静な観測者だ。彼の言う通り、まずは「宇宙人」をどう登場させるかが重要だった。
「その通りだ。秀太くん、ありがとう」
航大は秀太の意見を称賛し、再びホワイトボードに向かう。
「では、第一段階として『宇宙人襲来予告』を校内放送で流すことにしよう。その放送原稿を……」
航大は、ちらりと私の方を見て、言葉を区切った。
「……優菜さんにお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
「えっ、私に!?」
私は思わず立ち上がってしまった。
「はい。君の空想的な発想なら、きっと生徒の心をつかむ、ユニークな原稿が書けるはずです」
航大は再び私に期待の眼差しを向けた。
(うわあああ、プレッシャーがすごい! 航大会長の期待に応えなきゃ……でも、私の空想をそのまま書いたら、絶対にヤバい人だと思われる!)
私は、航大が去年の文化祭の時に見せた、完璧なポスターの企画書を思い出していた。美しいレイアウト、計算された言葉選び、非の打ち所がない完璧な作品だった。
(私は航大会長みたいに、ちゃんとした原稿なんて書けない……)
そう落ち込んでいると、航大が私の隣にそっと歩み寄ってきた。
「心配いりません。君の思うままに書いてくれればいい。もしうまくいかなくても、僕が不器用ながらも、一緒に修正するから」
そう言って、航大は私の頭にそっと手を乗せた。
(……えっ?)
その手は、優しくて、でもちょっとだけぎこちない。
(この人……私を励まそうとしてくれてるの? それとも、ただの細やかな配慮? いや、絶対後者だわ。だって航大会長は、生徒会の副会長を心配するのは当然だもん。でも、この不器用な優しさ、ちょっとだけ嬉しい……)
私の頭の中は、航大の行動に振り回されていた。
「航大、優菜とイチャイチャしてないで、仕事に戻ってよ!」
佑の声が響き、航大はハッと我に返ったように手を離す。
「す、すまない。桜井さん、今日のところは解散にしよう。放送原稿、楽しみにしています」
航大は少し顔を赤くして、そそくさと生徒会室を出ていった。
(え? 今、航大会長、顔赤くなってた? どうして?)
私の頭の中には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。
無自覚なまま、私たちの両片想いは、ゆっくりと、でも確実に進んでいた。



