「……ということで、新年度生徒会、始動!」
新会長、柊 航大の声が凛と響く。目の前に座る私は、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
柊 航大。彼こそが、この学園の伝説だ。学業成績は常にトップ、運動神経も抜群、容姿端麗なその姿はまさに極上男子。非の打ち所がない完璧超人。
そんな彼が、なぜか生徒会長に就任したのだ。
そして、その隣に座るのが私、桜井 優菜。ごく普通の高校2年生だ。
なぜ私が副会長に? それは、航大の「細やかな配慮」の賜物である。
遡ること数ヶ月前。
「来年度の生徒会役員、誰か推薦する人いないか?」
前生徒会長の問いに、教室は静まり返っていた。誰もが責任の重さに尻込みしている。
その時、航大がすっと手を挙げた。
「桜井優菜を推薦します」
は? 私? まさかの指名に、私は目を丸くした。
「理由を聞いても?」
「彼女は短所を補うことに長けている。空想的な発想も得意で、きっと新しい風を吹かせてくれるでしょう」
航大はそう言ってニッコリ笑った。周囲からは「柊くん、優しい!」という声が上がったが、私の心は違った。
(……短所を補う? それはつまり、私が短所だらけってことよね? 空想的な発想? それはつまり、夢見がちでお花畑な頭ってことよね?)
そう、私は人よりもちょっとだけ、現実離れした想像をしてしまう癖があった。
例えば、テスト前に「今、宇宙人が攻めてきたら、勉強しなくていいのになぁ」とか、満員電車の中で「もしこの車両が異世界にワープしたら、私はどんな冒険に出かけるのかなぁ」とか。
それを航大は「新しい風」と呼んだのだろう。なんて優しくて、なんて残酷な言葉だろう。
そして、彼は自分の行動に誠実だった。一度推薦すると決めたら、周りの反対意見をすべて論破して、私を副会長の座に据えた。
その結果がこれだ。航大という「太陽」の隣に、私という「土星」が座っているような、この居心地の悪さ。
「桜井副会長、聞いていますか?」
航大の声で、私は現実に戻された。
「は、はい! もちろん!」
「では、まず自己紹介から始めましょう。新メンバーもいますから」
彼の言葉に促され、個性豊かなメンバーたちが次々と自己紹介をしていく。
「生徒会書記、高橋 佑です! みんな、気軽に『たすく』って呼んでね! みんなの注目の的になるように頑張るから!」
そう言って爽やかに笑った佑は、見るからにイケメンで、周囲の注目を集めるのが得意そうなタイプだ。どこか航大と似ているが、航大と違って少しだけわざとらしい。きっと他人の評価を気にする性格なのだろう。
「会計の安藤 朱音です。よろしくお願いします。みんなの努力が報われるように、私も頑張ります!」
朱音はほんわかとした笑顔で挨拶をした。彼女がいるだけで、場の雰囲気が和らぐのがわかる。自分の努力を認めてくれる温かい存在だ。
「会計補佐の神谷 秀太です……えっと、話を聞くのは得意なので、何かあったら……」
秀太は少し緊張した面持ちで、ボソボソと喋る。心の整理に時間がかかるタイプなのだろう。でも、その落ち着いた声は安心感があった。
「書記補佐の五十嵐 瑞貴です。何か面白いこと、すぐ実行に移せるような企画、待ってるから」
瑞貴はニヤリと笑った。彼女は競争心が強く、常に何かを求めているような鋭い目つきをしていた。
全員の自己紹介が終わり、航大が口を開く。
「今日はまず、今後の生徒会活動の方向性について話したいと思います。我々生徒会が目指すは、生徒一人ひとりの声を聞き、より良い学園生活を創ること。そのための第一歩として、新入生から在校生まで、皆が楽しめるような企画を立ち上げたいと考えています」
「企画、ですか……」
私は航大の言葉を聞きながら、頭の中で空想を巡らせていた。
(企画かぁ……。いっそ、学園全体を異世界に転生させてみたらどうだろう? 校長先生は魔王で、給食は魔法の薬草スープ。生徒会は勇者パーティーね。私は副会長だから、魔法使いかな。航大会長は、もちろん剣士ね! 彼は極上男子だから、伝説の聖剣を軽々と使いこなしちゃって……)
「桜井さん?」
「はっ! はい!」
航大が心配そうな顔で私を見ていた。
「なにか、アイデアが浮かんだようですが……」
「い、いえ、とんでもない! まだ全然です!」
私が慌てて否定すると、航大はわずかに肩を落とした。
「そうですか……残念です。君の空想的な発想に期待していたのですが」
(うわ、やっぱりそう思われてる……)
私は恥ずかしさで顔が熱くなった。
「ねぇ、優菜。どんなアイデアか聞かせてよ」
佑が面白そうに聞いてきた。
「え、えーっと……」
「みんなで共有した方がいいよ。アイデアは多ければ多いほどいいんだから」
朱音が優しく微笑む。
追い詰められた私は、勢いで口を開いた。
「えっと、その……『宇宙人襲来避難訓練』とか、どうでしょう?」
「…………」
生徒会室は静まり返った。
「宇宙人?」
秀太が小声で呟く。
「あはは、面白いじゃん! 楽しそう!」
瑞貴は興味津々だ。
「桜井さん、それは……」
航大が困ったように眉を下げた。
(あぁ、やっぱりダメか……)
私はもう、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになった。
「……それは、つまり、来るかもしれない困難に備えるという、新しい視点ですね!」
航大は真剣な顔で言った。
「えっ?」
「良いアイデアだと思います! 普通の避難訓練では面白くない。そこにユーモアを加えることで、生徒の意識を高めることができます。まさしく、僕が期待していた空想的な発想です」
航大の言葉に、私はポカンと口を開けてしまった。
(え、褒められた……?)
私のバカげたアイデアを、彼は真剣に受け止めてくれたのだ。彼の誠実さと、他人の意見を否定しない細やかな配慮が、私の心を温かくした。
(もしかして、航大会長って、すごくいい人なんじゃ……いや、待て待て。これは会長としての優しさだ。私がおかしくならないように、気を使ってくれているんだ。不器用ながらも、私をフォローしてくれているんだわ……)
航大は、私がそう思い込んでいることなど知る由もなく、真剣な表情で私のアイデアをメモしている。
彼の横顔を見つめながら、私の胸はほんの少しだけ、甘く締め付けられた気がした。
この無自覚な両片想いは、まだ始まったばかりだ。



