第二章:モルモット


燃え盛る機体の残骸
あちこちに転がる黒焦げの死体の山
少年はその地獄の中心にただ一人座り込んでいた
やがて遠くから雪を踏みしめる音と車のエンジン音が近づいてくる
暗闇の中から現れたのは雪上迷彩服を身にまとった兵士たちだった
「こちらアルファチーム!生存者を発見!」
誰かが無線で叫んでいる
その言葉はロシア語だった
『ロシア語か……』
なぜかその言葉の意味が分かる
一人の大柄な軍人が俺の体を抱き上げた
その無遠慮な動きに全身が激しく痛む
『やめてくれ……』
声にならない声が出た
「この子供は生きているぞ!」
軍人が仲間たちに叫んでいる
『ロシア語ならなぜか分かるんだ』
「司令部へ連絡しろ!生存者は子供一名!」
「残りは全員死亡!」
「機体の残骸と死体をすぐに処理しろ!」
軍の装甲車に乗せられる
体が激しく揺れた
『待ってくれ……あの二人を……』
『あの二人を探してくれ……!』
必死に伝えようとする
だが声が出ない
俺の意識はそこで途切れた
どれくらい時間が経ったのだろうか
分からない
目が開く
白い天井
病院のベッドの上だった
体中に色々なチューブが繋がれている
白人の看護師が何かを言っている
『聞こえるか?』と言っている
だが体が動かない
喋ることもできない
『俺はロシア語なら話せるはずなのに……』
それから何人かの人間が俺の病室を訪れた
軍服を着た男たち
白衣を着た医者たち
彼らは皆ロシア語で何かを話していた
俺はただ人形のようにベッドに横たわっているだけだった
そんなある日
一人の東洋人の男がやってきた
「やあ。君は日本人かい?」
その言葉は日本語だった
「……うん」
不思議とその言葉だけは口からすんなりと出てきた
『この男にだけ話せる……。日本語だからか?』
男は俺に色々なことを聞いた
名前は?
年は?
どこから来た?
何も答えられなかった
俺にはそのどれ一つの記憶もなかったからだ
それからまたどれくらいの時が経ったか
ずいぶんと体が良くなった頃
いつもの医者とは違う二人の男が病室にやってきた
一人は軍人
もう一人は白髪まじりのボサボサの頭でヨレヨレの白衣を着ている
周りの人間はその男を「ドクター」と呼んでいた
ドクター「どうせこの子供は表の世界には出せないのだろう?」
軍人「あぁまぁそうだが」
ドクター「じゃあ私の実験に使ってもよいかね?」
軍人「それは上に聞かないと分からんが」
『実験……?』
軍人「どちらにせよこの子は軍の特別教育施設に行く予定だ」
ドクター「では私が直々に上には話を通しておこう」
ドクターは薄気味悪く笑った
「丁度、人間のモルモットが、欲しかったんだ」
『何を…する気だ……』
恐怖で体が震えた
軍人とドクターは俺をまるでモノのように扱うと満足げに病室から出て行った
俺の新しい地獄がここからまた始まろうとしていた