【滝沢のアジト】

翌朝
璃夏が目を覚ますと
隣のベッドはすでにもぬけの殻だった
リビングの方から
微かにテレビのニュースの音が聞こえてくる
彼女がリビングへ向かうと
ソファに座る滝沢の背中と
その足元で
ゴジラのようないびきをかいて眠る
イヴァンの巨大な体が目に入った
璃夏:「おはようございます」
滝沢:「おぅ」
璃夏:「昨日は……大変でしたね」
滝沢:「お前が一番大変だったろ」
その、ぶっきらぼうな労いの言葉に
璃夏の胸が温かくなる
その時だった
床で寝ていたイヴァンが
ガバッと勢いよく体を起こした
イヴァン:『おはよう!タキ!璃夏!』
イヴァン:『最高の朝だな!』
起きた早々
彼のテンションはマックスだった
イヴァン:『俺は決めたぞタキ!』
イヴァン:『あの夜という女性!彼女を俺の嫁にする!』
イヴァン:『彼女は死神を連れた女神だ!』
イヴァン:『俺はあんなに美しい女性を初めて見た!』
翻訳アプリが
彼の情熱的な愛の告白を
無機質に読み上げていく
滝沢は
心底どうでもいいという顔で
タバコの煙を吐き出した
イヴァン:『そうだ!友好の証だ!』
イヴァン:『三人でディズニーランドという場所に行こう!』
イヴァン:『日本の夢の国なんだろ!?』
滝沢:「……はぁ?」
【東京ディズニーランド】
結局
イヴァンの暴走は誰にも止められなかった
カチューシャをつけた大勢の客に混じって
明らかに場違いな三人が歩いている
先頭を歩くのはイヴァン
ミッキーマウスの大きな耳がついたカチューシャをつけ
巨大なポップコーンバケットを首から下げている
その顔は
生まれて初めて見る夢の世界に
子供のようにキラキラと輝いていた
イヴァン:『タキ!璃夏!次はあの空飛ぶ象に乗るぞ!』
イヴァン:『その次はあのコーヒーカップだ!』
イヴァン:『全部制覇するぞ!』
その後ろを
滝沢がやれやれと言った顔でついていく
彼はいつもの黒い服のままだ
その鋭い目は
アトラクションではなく
周囲の客の動きを常に警戒していた
璃夏は
そんな二人の姿を見て
声を上げて笑っていた
スマートフォンのカメラを向け
このありえない光景を
何枚も、何枚も、写真に収めていく
戦いも
過去も
死も
ここにはない
ただ
不器用な男と
愛すべきバカな親友と
そして
彼らを愛する一人の女がいるだけ
それは
彼らが15年かけて
ようやく手に入れた
奇跡のような
ただの一日だった