【滝沢のアジト】
深夜
アジトには一人の男の熱のこもった声だけが響いていた
イヴァンだ
テーブルに置かれた璃夏のスマートフォンが
彼のロシア語をせわしなく日本語に翻訳し続ける
イヴァン:『それでな!その時のタキは本当に凄かった!』
イヴァン:『吹雪で視界がゼロの雪山での単独潜入訓練があったんだが』
イヴァン:『教官たちは全員が遭難すると言っていた』
イヴァン:『だがタキは半日で全てのターゲットを無力化し一人で帰ってきた!』
イヴァン:『まるで雪に溶け込む幽霊のようだったと、後で教官が震えながら言っていたぞ!』
イヴァンは
身振り手振りを交えながら
まるで昨日のことのように独演会を続けている
軍人時代のタキが
どれほど化け物じみていたかを力説していた
滝沢はソファに深く体を預け
やれやれと言った顔でタバコをふかしている
璃夏はそんな二人のやり取りを
心の底から楽しそうに笑いながら見ていた
その時だった
璃夏が突然素っ頓狂な声を上げた
璃夏:「あーーーっ!」
滝沢:「どうした?」
璃夏:「私が令和島に乗って行った車……」
璃夏:「……置いて来ちゃいました…」
滝沢:「今更取りに行けねぇだろ」
滝沢:「今頃警察でごった返してるぞ」
璃夏はうーんと少しだけ考え込む
そして
パン!と手を叩き
悪戯っぽく笑った
璃夏:「いいこと考えました」
滝沢:「なんだ?」
璃夏:「今から警察署に行って、盗難届を出してきます」
璃夏:「そうすれば、あの暴走車はロシア軍のテロリストが盗んだってことになりませんか?」
そのあまりに大胆でクレバーな提案に
イヴァンが目を輝かせて叫んだ
イヴァン:『ナイスアイディア!』
璃夏:「ということで、滝沢さんの車、借りますね」
彼女はそう言うと
滝沢の返事も待たずに車のキーを掴み
アジトから出て行った
一人警察署へ向かう道中
璃夏はスマホを取り出すと
ネットバンキングにログインした
もちろん滝沢の口座だ
彼女は慣れた手つきで
夜探偵事務所の口座に
今回の依頼料と、迷惑料と、そして危険手当を含めた金額を
振り込んだ
全てを終えた彼女は
満足げに微笑み
夜の闇の中へと車を走らせた



