不幸を呼ぶ男 Case.1


【夜探偵事務所】

滝沢は
静かに話を終えた
15年という
あまりに長く
孤独な戦いの物語を
事務所には
誰も息をすることさえ忘れたかのような
重い、重い沈黙が落ちていた
窓の外では東京の街が煌めいている
だがその光も音も
この部屋には届かない
健太は顔を青ざめさせていた
自分が生きる世界とは全く違う
血と硝煙の匂いがする物語に
ただ圧倒されていた
夜は静かに目を伏せる
彼女は滝沢の強さの根源と
その魂が抱える深い闇を
改めて理解していた
璃夏は
声を殺して涙を流し続けていた
殺し屋としての彼ではない
たった一人で
全てを背負ってきた
孤独な少年の姿を思い浮かべて
だが
一番の大声で騒ぎ出すと思われた男
イヴァンだけが
不思議なほど静かだった
彼はソファの上で
ただ俯き
自分の巨大な膝を
じっと見つめている
その大きな背中が
今は少しだけ小さく見えた
やがて
イヴァンはゆっくりと顔を上げた
その目には涙が浮かんでいた
だが彼が口にしたのは
滝沢の殺し屋としての腕でも
ヤクザとの仁義でもなかった
イヴァンは
まるで世界で一番悲しいことを見つけてしまった子供のように
純粋な目でタキを見つめてこう言った
イヴァン:『……そっか』
イヴァン:『タキは、この15年間』
イヴァン:『ずっと、一人で星を見てたんだな』
ロシアの雪深い軍事施設
二人で一緒に飽きもせず眺めていたあの星空
友達が一人もいなかったタキと
落ちこぼれだった俺だけが知っている
孤独な夜の唯一の慰め
イヴァンは
涙で濡れたその顔で
今度は部屋にいる仲間たち
璃夏、夜、そして健太の顔を
一人一人、ゆっくりと見渡した
そして
最高の笑顔で、こう言った
イヴァン:『でも、今は違う』
イヴァン:『今は、こんなにたくさんの仲間と、一緒に星を見れてるんだな』
その言葉を聞いた瞬間
感情を失ったはずの滝沢の胸の奥が
ズキリと
鈍く、そして確かに
痛んだ