【回想 ― 滝沢の日本での15年】

坂上は
滝沢を地下の倉庫に住まわせはしたが
決して極道の世界には関わらせなかった
当時の関東は二つの巨大組織が覇権を争っていた
関東誠友会
そして敵対勢力である旭真連合(きょくしんれんごう)
抗争は激化の一途を辿っていた
だが坂上は
滝沢に助けを求めることは一度もなかった
まるで本当の息子のように
彼を汚れた世界から守っていた
そんなある日
坂上組長が会食中に旭真連合の襲撃に遭い
重傷を負って病院に緊急搬送されたと聞いた
滝沢は急いで病院へ向かう
病室には
組長の息子である坂上 誠が
ベッドの脇で静かに付き添っていた
坂上:「……大和」
弱々しい声で
坂上は滝沢を呼んだ
坂上:「俺はもうダメだ」
坂上:「大和。俺はもう一人息子が出来たみたいで嬉しかった…」
坂上:「大和魂…お前は、お前の人生に負けねぇで名前の通り生きろよ」
滝沢:「何言ってやがる」
滝沢:「早く治して帰ってこい」
坂上:「誠」
誠:「……なんだ、親父」
坂上:「お前に、組は譲る…」
坂上:「……仁義だけは、通せ……いいな…」
それが最後の言葉だった
坂上 一誠は静かに息を引き取った
その時
感情を失ったはずの滝沢の目から
一筋だけ
熱い涙がこぼれ落ちた
それからの滝沢は
まさに鬼神と化した
単身で旭真連合の本部に乗り込み
組長を暗殺
抵抗する組員や構成員を
次々と殺していく
次第に旭真連合の勢力は激減し
関東誠友会は関東全域を制圧する巨大組織となった
だが滝沢は
組には入らなかった
彼は一人で生きていく道を選ぶ
彼は殺し屋になった
だが誰でも依頼できるわけではない
特定のバー
特定の合言葉
そして店主による厳しい審査
それらを全てクリアした者だけが
VIPルームの黒電話にたどり着ける
決して表には存在しない
完璧な殺しのシステムを
彼はたった一人で作り上げた
そして

しばらく経った頃

--- 滝沢の回想 ---

滝沢:「……そして」
滝沢:「一人の男がその黒電話を鳴らした」
滝沢:「男は言った。『妻を殺して欲しい』と」
滝沢:「その妻の名は、結城 リカ」
滝沢:「それが、俺と璃夏との出会いだ」
イヴァンは目の前の璃夏と
滝沢の顔を交互に見た
全く意味が分からないという顔をしている
滝沢は構わず続けた
滝沢:「だが仕事を実行するはずだった夜」
滝沢:「結城リカは偶然、俺の別の仕事の現場を目撃した」
滝沢:「目撃者は消す。それがこの世界のルールだ」
滝沢:「俺は彼女をアジトに連れてきた。殺すために」
璃夏は
その時の恐怖を思い出し
固唾をのんで話の続きを見守っていた
滝沢:「だが、俺は最後に尋ねた」
滝沢:「『どうしたい?』と」
滝沢:「彼女は答えた。『生きたい』と」
滝沢はそこで初めて
タバコの煙をゆっくりと吐き出した
滝沢:「依頼主は、彼女の夫だった」
滝沢:「別の女と一緒になるために、妻の殺しを依頼したくだらない男だ」
滝沢:「……後味が悪かった」
滝沢:「だから、殺すのをやめた」
滝沢:「その代わり、俺は結城リカを社会的に消した」
滝沢:「死んだことにし、顔も名前も変えさせた」
滝沢:「結城リカという女はあの日に死に」
滝沢:「代わりに、椎名璃夏が生まれた」
滝沢:「……そこに座っている女だ」
--- 夜探偵事務所・現在 ---
滝沢は
静かに話を終えた
イヴァンは
そのあまりに壮絶な15年間の物語に
ただ言葉を失っていた