【回想 ― 関東誠友会・組長室】

坂上:「これからは同じ屋根の下に住む同士になる」
坂上:「私の名前は坂上 一誠」
坂上:「失礼だがあなたのお名前を聞いても?」
その問いに
目の前の少年は少しだけ目を伏せた
滝沢:「……タキ」
滝沢:「俺には訳があって古い記憶がない」
滝沢:「ロシアではそう呼ばれていた」
滝沢:「俺には戸籍もない」
坂上:「……それはよっぽどの理由があるんですな」
坂上は全てを察した
目の前の少年は幽霊なのだと
過去を持たず
この世のどこにも存在しない
ただ圧倒的な力だけを持つ孤独な魂
坂上はそこで一つの提案をした
今この場で
彼に新しい名前を与えようと
坂上:「タキと呼ばれていたのなら」
坂上:「名字は『滝沢』というのはどうですかな」
滝沢は日本の名前に知識はない
正直なんでも良かった
彼はただ静かに頷いた
坂上:「では下の名前だが……」
その時だった
今まで黙っていた滝沢が
初めて自らの意思で質問をした
滝沢:「一つ聞きたい」
滝沢:「ロシアの図書館で日本のことを勉強したが」
滝沢:「どうしても分からない言葉があった」
滝沢:「『大和魂』とはなんだ?」
そのあまりに純粋で
そして深い問いに
今度は坂上が目を見開いた
坂上は笑みを浮かべると
まるで息子に語りかけるように
ゆっくりと話し始めた
坂上:「それは古来からある日本人の魂の在り方」
坂上:「己を殺してでも守るべきものを守る強さ」
坂上:「弱き者を助け悪しきを挫く心」
坂上:「俺が先ほど話した義理や人情、仁義もそこに含まれますな」
滝沢は黙ってその言葉を聞いていた
彼が失った「感情」の代わりに
その魂が坂上の言葉を理解しようとしていた
坂上:「あなたの下の名前は『大和』がいい」
坂上:「滝沢 大和」
坂上:「今日からそれがあなたの名前だ」
こうして
一人の殺し屋の名前が生まれた
日本古来の魂の名を授かった
皮肉な運命
それから
滝沢は地下の倉庫へと案内された
冷たいコンクリートの床と
むき出しの配管
だがそこは
彼が日本で初めて手に入れた
自分の「家」だった