【滝沢の車内】

夜の首都高速を
一台の車が静かに走っていた
怜和島の喧騒が嘘のようだ
滝沢はスマートフォンを取り出し
夜に電話をかける
夜:『もしもし』
滝沢:「まだ事務所か?」
夜:『ええ、まだいるわよ』
滝沢:「そっちに行く」
夜:『わかったわ』
電話が切れる
滝沢:「夜の事務所に行ってくれ」
璃夏:「わかりました」
後部座席で
イヴァンは璃夏のスマートフォンを覗き込んでいる
翻訳アプリに表示される二人の会話を
彼は楽しそうに盗み聞きしていた
【夜探偵事務所】
滝沢を真ん中に
璃夏とイヴァンがソファに座る
その対面に夜が腰を下ろした
テーブルの中央には
会話型翻訳アプリが起動した璃夏のスマホが置かれている
滝沢:「で?お前たちはなぜ令和島にいた?」
その重い口調に
事務所の空気が少しだけ緊張する
健太が全員分のコーヒーをテーブルに置き
そっと夜の隣に座った
夜は呆れたように
そしてどこか誇らしげに
事の経緯を語り始めた
夜:「全ては璃夏さんの依頼からよ」
夜:「あなたの失われた過去を調べて欲しいってね」
夜:「健太があなたの親友イヴァンさんを探し出して」
夜:「そのイヴァンさんがサプライズで日本に来ると言い出して」
夜:「そしてあなたがヴォルコフと話しているのを璃夏さんが録音した」
夜:「その録音データを翻訳して私たちも令和島に向かった」
夜:「―――という流れよ」
滝沢:「……なるほどな」
滝沢:「それでロシア兵を轢き飛ばしながら登場というわけか」
夜:「そっ」
滝沢:「イヴァンが言ってたサプライズの意味も分かった」
滝沢:「……一応、礼を言っておく」
その、ぶっきらぼうな感謝の言葉に
夜は悪戯っぽく笑った
夜:「お礼とかいらないわよ」
滝沢:「?」
夜:「しっかり依頼料はもらうから」
夜はそう言うと
指で丸を作って「金」のサインを送った
滝沢:「ケッ!」
その時だった
今まで黙って話を聞いていたイヴァンが口を開いた
イヴァン:『15年前』
全員の視線が
璃夏のスマホに集中する
イヴァン:『俺はタキを軍から逃がした』
イヴァン:『それから今まで、どうしてたんだ?』
璃夏:「あ!そうそう」
璃夏:「この間、その話の途中で電話が来たんでしたね」
滝沢は観念したように
深いため息を吐いた
そして
今度はイヴァンのために
15年前の物語を語り始めた
--- 滝沢の回想 ---
滝沢:「……15年前」
滝沢:「ウラジオストクから貨物船で東京に着いた」
滝沢:「埠頭でヤクザの麻薬取引に出くわし乱闘になった」
滝沢:「生き残ったヤクザを脅して組事務所まで案内させた」
イヴァンはゴクリと唾を飲む
タキらしい無茶苦茶な始まり方だ
滝沢:「そこは関東誠友会という組だった」
滝沢:「俺は単身で組長の部屋まで乗り込んだ」
滝沢:「当時の組長、坂上のおやっさんと話をした」
滝沢:「俺はヤクザを殺さなかった」
滝沢:「おやっさんは、それに『仁義』を感じたらしい」
滝沢:「俺は住む場所を頼んだ」
滝沢:「おやっさんは、交換条件として、このビルの地下を俺にくれた」
滝沢:「それが、俺の日本での始まりだ」