不幸を呼ぶ男 Case.1


【羽田空港・国際線到着ロビー】

璃夏は車のドアを乱暴に閉め
空港の建物の中へと駆け込んだ
ロビーの喧騒の中
彼女は到着ゲートの人混みへと目を向ける
その中に
ひときわ大きな体躯の男がいた
まるで迷子になった熊のように
きょろきょろと周りを見渡している
人の良さそうな笑顔
イヴァンだ
璃夏が彼に駆け寄る
璃夏:「イヴァンさんですか?」
イヴァン:「君が璃夏か!」
言葉は通じない
だが互いにすぐに理解した

璃夏はすぐにスマートフォンの会話型翻訳アプリを起動した
璃夏:「はじめまして、椎名璃夏です」
スマホから流れる無機質なロシア語の音声
イヴァン:『おお!すごいなこれ!はじめまして!イヴァン・ソコロフだ!』
イヴァン:『タキはどこだ?早く会いたい!驚かせたいんだ!』
イヴァンは子供のようにはしゃいでいる

璃夏は彼を駐車場へと案内する
車に乗り込み
エンジンをかけアジトへと向かった

【車内】
だが璃夏の深刻な表情に
次第にその笑顔が消えていった
璃夏:「イヴァンさん。聞いて欲しいものがあります」
璃夏:「滝沢さんが受けた、奇妙な電話の録音です」
璃夏:「でも滝沢さんの声しか録音できませんでした」
イヴァンは真剣な顔で頷き
璃夏が再生した録音に全神経を集中させた
車内に滝沢の冷たいロシア語が響き渡る
『お前は誰だ?』
『覚えはないが何の用だ?』
『わざわざ日本に来てか?』
『人を殺すのに俺の手を借りなくてもお前たちで出来るだろ』
『ロシア軍に出来なくて俺になら殺れる?』
『そんなヤツ……』
『……なんだと…!?』
『今更お前たちと関わるつもりは無い』
『……場所は?』
『令和島?』
『わかった』
録音が終わると
車内は重い沈黙に包まれた
イヴァンの顔から血の気が引いている
彼の目は憎悪と絶望に染まっていた
イヴァンは覚悟を決めた顔で
翻訳アプリに向かって静かに話し始めた
イヴァン:『……間違いない。あの計画の連中だ』
イヴァン:『電話の相手は、軍のトップクラスの人間だ』
璃夏は息を呑む
イヴァン:『『ロシア軍に出来なくてタキになら殺れる』ほどの標的……』
イヴァン:『そして、タキが断れないように脅迫している』
イヴァン:『行き先は……令和島?という所みたいだ…』
イヴァン:『……とんでもなくヤバい内容だということだけは分かる』
イヴァン:『そして、これは罠だ。タキを確実に消すための』
【滝沢のアジト】
アジトに着くと
案の定
滝沢の姿はどこにもなかった
彼の魂であるS&W M500も消えている
璃夏はイヴァンを武器庫へと案内した
璃夏:「イヴァンさん。好きな武器を持って行ってください」
璃夏:「私たちは今から戦いに行きます」
その声にはもう迷いも恐怖もなかった
イヴァンは武器庫に並ぶ銃器を一瞥する
そして、その中の一丁に目を輝かせた
銀色に輝く、巨大なオートマチックピストル
イヴァン:『デザートイーグル……!タキの奴、こんな良いものを持っていたのか!』
彼はそのデザートイーグルを手に取った
その目はもう親友のそれではない
全てを破壊し尽くす兵士の目に変わっていた
璃夏もまた
壁にかけてあったアタッシュケース型のリュックを背負う
中には彼女の獲物
スナイパーライフルが眠っている
行き先は怜和島
愛する男を
過去という名の悪魔から
奪い返すために