不幸を呼ぶ男 Case.1


【夜探偵事務所】

事務所のドアが勢いよく開き、璃夏が息を切らしながら駆け込んできた。
そのただならぬ様子に、パソコンに向かっていた健太が椅子から立ち上がる。
夜:「来たわね」
デスクに座っていた夜は、璃夏を一瞥すると、すぐに健太の方を向いた。
夜:「で、翻訳したの?」
健太:「いえ、とにかく早く夜さんに伝えて、事務所に急いで来たので……まだです」
夜:「じゃあ急いで。璃夏さんが来たところだから」
健太:「わかりました!」
健太が慌ててパソコンの翻訳ソフトを立ち上げる。
その時、夜がすっと立ち上がった。
夜:「田上健太!」
健太:「あ、はい!翻訳は、今できました!」
夜:「よし」
夜:「―――まずはコーヒー!」
健太:「はい!」
夜は満足そうに頷くと、呆然と立ち尽くす璃夏の手を優しく引き、ソファへと誘導した。
夜:「じゃあ璃夏さん、座って」
璃夏:「それで、何か進展ありましたか?」
夜:「ええ、まず、これまでの情報をまとめた結果よ」
夜は、璃夏が落ち着くのを待ってから、静かに、しかし力強く語り始めた。
夜:「滝沢は現在34歳。5歳のときに航空機事故でロシア軍に引き取られた後、『殺戮マシーン』にされた。16歳のときにはイヴァンと出会い、19歳のときに日本に来た」
夜:「……大筋はこんな感じよ」
璃夏は、そのあまりに壮絶な半生を、改めて言葉として聞き、息を呑んだ。
夜:「で、健太が昨日、ロシア人がよく使ってるSNSでイヴァンらしき人間を見つけてDMを送った結果……返事が来たわ」
ちょうどそこに、健太が三人分のコーヒーを運んできた。
健太:「俺、『あなたは元ロシア軍第十一部隊に居たイヴァンさんですか?タキさんという人物を知っていますか?』って送ったんです」
夜:「で?返事は」
健太は、ゴクリと唾を飲むと、翻訳されたテキストを読み上げた。
健太:「『タキ!タキは僕の親友だ。君はタキの現在の友達なのか?もし現在のタキを知っているなら、タキは元気にしているのかい?』……と」
夜:「……イヴァン本人なのは確定だな」
璃夏:「イヴァンさんと……繋がりましたね!」
璃夏の声が、喜びに震える。滝沢の過去を知る、唯一の人物。
夜は、腕を組み、次の手を思考する。
夜:「何か、言語の壁を取っ払って、わーっと話せるアプリみたいなもの無いの?」
健太:「確かあります。LINEでも通訳機能があったり、他にもそういうスマホアプリがあったはずです」
夜:「よし!」
夜:「じゃあ、そこにイヴァンを誘導してみて」
健太:「わかりました」
その時、璃夏が、強い決意を目に宿して言った。
璃夏:「私も、直接イヴァンさんと話せるようにして欲しいです」
健太:「わかりました。順番にやっていきましょう」
過去への扉が、今、まさに開かれようとしていた。
その先に待つのが、希望か、それとも更なる絶望か。
まだ誰も知らなかった。