【滝沢のアジト】
滝沢は、先代組長である坂上との出会いと、このアジトで暮らすようになった経緯を、淡々と話し終えた。
硝煙と仁義の匂いが入り混じった、彼の日本での物語の始まり。
璃夏は、息を詰めてその全てに耳を傾けていた。
璃夏:「なるほど……」
彼女は、深く頷いた。
璃夏:「滝沢さんが、ただの殺し屋じゃない理由が、分かった気がします。坂上さんという人がいたから……」
そう言いかけた、まさにその瞬間だった。
RRRRRRRING!
璃夏のスマートフォンの着信音が、アジトの静寂を鋭く切り裂いた。
彼女が画面を一瞥すると、そこに表示されているのは「山本夜」の三文字。璃夏の心臓が、ドクリと大きく跳ねた。
(滝沢さんの前で……!)
彼女は一瞬で覚悟を決めると、普段とは違う少しだけ甘えたような、それでいて「やっちゃった」という雰囲気の声で電話に出た。
璃夏:「もしもし?あ、どうもー。……え?今日でしたっけ?」
電話の向こうの夜は、最初切羽詰まった声で何かを言おうとした。だが、璃夏の不自然なほど明るい声と、その言葉の意図を、彼女は瞬時に理解した。
(……なるほど。滝沢の前ね)
夜:『ええ!本日9時のご予約ですよ、お客様!』
夜は、完璧に美容院の受付になりきって、演技を続けた。
璃夏:「すみませーん!てっきり来週だとばかり……!ええ……。はい……。」
璃夏:「ああ、そうですか、今からでも……?ほんとですか!?分かりました、はい!急いでそちらに向かいます!」
璃夏はそう言うと、申し訳なさそうに電話を切った。
そして、何事かとこちらを見ている滝沢に向かって、困ったように眉を下げ、ぺろりと舌を出してみせた。
璃夏:「すみません、滝沢さん!美容院の予約、今日だったみたいで!すっかり忘れてました……」
璃夏:「今から行かないと、すごいキャンセル料取られちゃうみたいで……。本当にごめんなさい、話の途中で!」
彼女は、滝沢に疑われる隙を与えないよう、完璧な笑顔でそう言うと、慌てて立ち上がり、上着を羽織った。
璃夏:「すみません!また、話の続きは、後で!」
彼女はそう言い残すと、アジトを飛び出していった。
バタン、と重い鉄の扉が閉まる。
一人残された滝沢は、やれやれと言った表情で、小さく息を吐いた。
止まっていた現実世界の時間が、再び、猛烈な勢いで動き出す。
その予感が、アジトの空気を支配していた。



