【回想 ― 関東誠友会本部】
一台の車が
古びたビルの前で静かに止まる
助手席に乗るヤクザの名は山田というらしい
滝沢:「ここか?」
山田:「はい……」
助手席の山田は
恐怖で声が震えていた
滝沢:「降りろ」
山田:「正気か!?」
山田:「ここに何人いると……」
滝沢:「また殴られたいのか?」
山田は渋々車を降りる
滝沢も続き
その背中に銃口を突きつけた
滝沢:「お前の頭のところへ連れて行け」
山田は観念し
とぼとぼとビルの中へと歩き出す
入り口にいた見張りが
二人のただならぬ様子に気づき怒鳴った
見張り:「何してんだテメェ!」
滝沢:「道を空けるように言え」
山田:「あ……空けてくれ。通してやってくれ」
見張りたちは戸惑いながらも道を開ける
二人はビルの中に入り
二階の事務所へと続く階段を上がった
事務所の中は
数十人のヤクザたちの熱気と怒号で満ちていた
だが二人が入ってきた瞬間
その全ての視線が突き刺さる
滝沢は山田の背中に銃身を強く押し込んだ
滝沢:「おい!黙らせろ」
山田:「ま待ってくれ!落ち着いてくれみんな!」
事務所が水を打ったように静まり返る
滝沢:「で、どこだ?」
山田:「まだ……上だ…」
狭い階段を上り三階へ
その奥に重厚な両開きの扉があった
山田:「あの奥だ」
滝沢:「開けろ」
山田が震える手で扉を開ける
部屋の奥
巨大なデスクに座る初老の男が
静かにこちらを見ていた
坂上 一誠(さかがみ いっせい)
関東誠友会、先代組長
坂上:「何事だ?」
その声は落ち着いていた
だが坂上の目は
人質にされた部下ではなく
その後ろに立つ男――滝沢を、値踏みするように見据えていた
坂上:(なんだ……こいつは。そこらのチンピラとはまるで違う。目が……死んでいるようで、それでいて全てを見透かしている……)
滝沢:「別にやり合うつもりは無い」
その落ち着き払った声
その底が見えない瞳
坂上は直感した
これはただの暴力沙汰ではないと
坂上:「その割には物騒な状態に見えるが?」
滝沢:「俺を襲って来た奴らの頭に会うのに
平和的に会えるか?」
その言葉には妙な説得力があった
坂上はゆっくりと立ち上がり
上着を脱いで、丸腰だと示しながら言った
それは、目の前の得体の知れない男に対する
坂上なりの敬意の示し方だった
坂上:「ウチのもんが貴方を襲ったと?」
滝沢:「あぁ」
坂上:「そいつは解放してやってください」
坂上:「その代わり俺にその銃を向けてくれて構わない」
坂上は覚悟を決めていた
試すか、と。こいつがただの狂犬か
それとも話の通じる相手か
滝沢は一瞬だけ坂上を見つめ
そして山田を解放した
滝沢:(……なるほど。こいつが、ここの頭か)
坂上:「おい、下に行ってろ」
坂上:「それと下の者たちにも
一切ここには来させるなと伝えろ」
山田:「わかりました…」
山田は深々とお辞儀をして部屋から出て行く
坂上:「そちらにお座りください」
坂上がソファを指し示す
滝沢がどかりと座ると
対面のソファに坂上も腰を下ろした
部屋には二人の男の間に張り詰めた沈黙だけが落ちる
坂上:「で、ウチのもんが襲ったことは申し訳ない」
滝沢:「俺はずっとロシアに居た」
滝沢:「難しい日本語はわからない」
坂上:(ロシア……?なるほど、ただのチンピラではないはずだ。どこかの組織の人間か……)
坂上:「それでご要件とはなんですかな?」
滝沢:「別にない」
坂上:「ん?」
坂上は眉をひそめた
要求がない?一体何が目的なんだ……?
滝沢:「ただ俺は日本は治安が良いと本で見た」
滝沢:「だが着いた早々にこれだ」
坂上:「……それは申し訳ない」
坂上:「日本は治安はいい
だが運悪く我々のような人間に会ってしまったんですな」
滝沢:「お前たちは特別なのか?」
坂上:「そうですな。そちらで言うところのマフィアですな」
滝沢:「なるほど」
滝沢は立ち上がる
滝沢:「じゃあ俺は行く」
坂上:「もうおかえりですか?」
滝沢:「俺もお前たちの仕事を邪魔したのだろう」
滝沢:「それでいい」
坂上:「ちょ、ちょっと待ってください」
滝沢:「なんだ?」
坂上:「こちらが一般人に迷惑かけたのは事実」
坂上:「日本に来たところなんでしたら
何かお手伝い出来ることはないですかな?」
滝沢は少し考える
その目に初めて、思考の色が浮かんだ
滝沢:「なぜそんな事をする?」
坂上:「我々の世界では仁義というものがあります」
坂上:「きっと貴方は我々の仲間を殺そうと思えば出来たのでしょう?」
滝沢:「今ここにいる人間が全員俺を襲っても
全員死ぬことになるだろうな」
その言葉には一切の誇張がなかった
坂上はそれを肌で感じ取っていた
坂上:「では我々の仲間の命を救ってくれた事に
仁義を通さきゃならねぇ」
坂上の目が鋭く光る
滝沢はもう一度ソファに腰を下ろした
目の前の男が言う「ジンギ」というものを
もう少しだけ聞いてみることにした
滝沢:「じゃあ住むところ何とかなるか?」
そのあまりに素朴な要求に
今度は坂上が意表を突かれた
坂上:(……住む場所?金でも、仕事でもなく……ただ、ねぐらか。面白い。面白い男だ)
坂上は少し考えて言った
坂上:「ここで良ければどうでしょう?」
坂上:「地下に使ってない倉庫がある
そこで良ければ」
滝沢:「いいのか?」
坂上:「それで仁義を通せるなら」
滝沢:「そのお前がさっきから言っている仁義とはなんだ?」
坂上は大きく笑った
目の前の男が、本当に何も知らないのだと
ようやく理解したからだ
坂上:「そうでしたな」
坂上:「日本には義理というものがある」
坂上:「今回我々の方から攻撃を仕掛けてしまった」
坂上:「なのに貴方は命を取らなかった」
坂上:「その恩を貴方に返したいだけです」
滝沢:(義理……恩……。理解できない概念だ。だが、この男の目には嘘がない)
滝沢:「それが仁義か」
坂上:「そういう事です」
坂上:「いかがでしょう?」
滝沢:「住ませてくれるならありがたく住ませてもらう」
坂上:「仁義通させてくれて感謝します」