【滝沢の夢の中】
それからの日々は 繰り返しだった
ドクターは死刑囚に「釈放」という甘い餌を与え
何度も 何度も
俺と命のやり取りをさせた
まだ体の小さい俺を侮り
舐めてかかってくる死刑囚たちは
赤子の手をひねるより簡単に殺れた
だが
俺が15になった頃に戦ったコイツは 違った
鉄の扉が開き 男が一人入ってくる
その体つき その歩き方
一瞬で空気が変わった
スピーカーからドクターの興奮した声が響く
ドクター:『イレブン!今日の相手は特別だ!』
ドクター:『元UFC世界ヘビー級王者!セルゲイ・“ザ・ベアー”・イワノフ!』
UFC――アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ
世界最高峰の総合格闘技団体
ルール無用の闘技場で頂点に立った現代の gladiador(剣闘士)
その男が今 俺の目の前にいる
ドクター:『セルゲイ!約束通り少年を殺せばお前は自由だ!』
セルゲイ:「悪いが少年」
セルゲイ:「俺はまだ死ぬわけにはいかないんでな」
その目は獲物を前にした飢えた熊のように
ギラギラと輝いていた
セルゲイが低い構えから一気に距離を詰める
速いジャブが俺の顔面を襲う
牽制だ
俺はそれを最小限の動きでかわす
その瞬間
セルゲイの巨体が沈み込み
タックルで俺の足を取りに来た
俺はバックステップでそれを回避する
だがセルゲイは止まらない
流れるような動きで俺の腕を掴むと
全体重をかけて床に引きずり倒した
腕ひしぎ十字固め
関節技だ
(極まる)
そう思った瞬間
俺はテコの支点となる相手の太ももの打点を
コンマ数ミリずらした
セルゲイは即座に技を切り替える
両足で俺の首を挟み込む三角絞め
だがその足が完全にロックされる直前
俺は自らの左肩の関節を
何の躊躇もなく 外した
ゴキッ と鈍い音が響く
肩の可動域が限界を超え
俺の体はスルりと蛇のようにその拘束から抜け出した
セルゲイ:「お前……ナニモンだ?」
初めて彼の顔に恐怖の色が浮かぶ
セルゲイが殴りかかって来る
そのタイミングに合わせ
俺はヤツの軸足となっている左膝めがけて
一直線に前蹴りを放った
ゴシャッ!
膝の皿が砕ける生々しい感触が
足の裏に伝わる
セルゲイは呻き声を上げ
前につんのめる
そのがら空きになった顔面に
俺は全力の膝蹴りを叩き込んだ
セルゲイの顔面が崩壊する
俺は倒れ込むヤツの背後を取り
その太い首に腕を回した
そして
何の感情もなく
ただ作業として
骨をへし折った
ドクター:『…………殺戮マシーンの……完成だ……』
ガラスの向こう側から聞こえる
ドクターの恍惚とした声
その声を最後に
俺の意識は現実へと引き戻された
【滝沢のアジト】
滝沢:「―――はっ!」
滝沢はベッドの上で勢いよく体を起こした
全身はびっしょりと冷たい汗で濡れていた。