【夜探偵事務所】
璃夏が帰った後の事務所は静かだった。
夜はローテーブルに広げられた資料を鋭い目で見つめている。健太は自分のパソコンを前に息を詰めて彼女の言葉を待っていた。
夜:「健太」
健太:「はい」
夜:「そのロシア人が使ってるSNSにDMはあるの?」
健太:「あります」
夜:「よし!じゃあ早速イヴァン本人にDMを送ってみて」
夜はそう言うと手元の資料に視線を落とし今日得た情報を頭の中で整理し始めた。
29年前の旅客機事故。ロシア政府の否定。発見されなかった残骸。
そして11年後つまり18年前に撮影された写真。そこにいた16歳の滝沢。
彼は『第十一部隊』という部隊に所属していた。
そして滝沢の夢に出てきた『被検体イレブン』という言葉。
夜:(『第十一部隊』が普通の部隊なら……滝沢は『被検体』としての実験が終わった後その部隊に所属させられた……?監視目的か何かで……)
夜は健太がプリントアウトした写真に目をやる。
雪原を背景に立つ感情のない目をした少年。
夜:(これが16歳くらいの滝沢の写真か…)
その体格は異常だ。だが顔にはまだ少年らしい幼さが確かに残っている。
しばらく事務所には健太がキーボードを打つ音だけが響いていた。やがて彼が顔を上げる。
健太:「夜さん。DMは送りましたがまだ返信はないです」
夜:「そう。すぐには来ないわよね」
夜は大きく伸びをすると椅子から立ち上がった。
夜:「よし!今日はここまでにしてまた明日にしよう」
健太:「そうですね」
謎の核心にほんの少しだけ触れることができた一日。
だがその謎の闇は彼らが想像するよりも遥かに深くそして冷たいことを二人はまだ知らなかった。

【滝沢のアジト】
滝沢の意識は再びあの冷たい悪夢の中へと引きずり込まれていた。
コンクリートで囲まれた実験室。観察用のガラス窓が埋め込まれている。
そこに10歳くらいになった俺は立たされていた。
鉄の扉が開き一人の大柄な死刑囚が中に突き飛ばされる。その目には死を前にした獣の光が宿っていた。
ガラス窓の向こうからスピーカーを通してドクターの歪んだ声が響く。
ドクター:『イレブン今日は全力でやって構わん!』
ドクター:『そして死刑囚!もし目の前の少年を殺せたらお前をここから釈放してやろう』
死刑囚:「ほんとか!?」
ドクター:『ああ約束しよう。少年を殺して自由になるか少年に殺されるか。二つに一つだ』
死刑囚:「こんなチャンス二度とねぇ……悪いが殺させてもらうぜガキィッ!」
自由という餌に狂わされた男が雄叫びを上げて襲いかかってくる。
俺は動かない。
ただ静かにその大きな拳が自分の顔面に迫るのを見ていた。
拳が鼻先に届く寸前。
パァン!
乾いた音が部屋に響いた。
俺はビンタのようにただ軽く死刑囚の側頭部に掌を当てただけだった。
当たった瞬間あれほど猛り狂っていた大男の巨体が糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる。
時間差で死刑囚の鼻からつーっと一筋の血が流れ出した。
ドクター:『!?』
俺の表情は変わらない。
ガラスの向こうでドクターが部下に叫んでいる。
ドクター:『死刑囚が死んでいるか確認してこい!』
一人の軍人が恐る恐る部屋に入り倒れた死刑囚の脈と瞳孔を確認する。
軍人:「……死んでます!」
その報告を聞いたドクターはわなわなと震え始めた。
そして次の瞬間。狂気に満ちた歓喜の雄叫びを上げた。
ドクター:「ハハハ!イレブン!どうやって仕留めた!?」
滝沢:「耳から脳に衝撃を入れて破壊した」
ドクター:「素晴らしいッ!」
ドクターは恍惚とした表情でガラスを叩きながら笑い続けた。
ドクター:『本来これほどの力の差があれば人間は獲物を弄ぶものだ。だがイレブンはそうしなかった!ただ最も効率的に最短で静かに殺した!』
ドクター:『これこそが完璧なる『殺戮マシーン』だ!ハッハッハッハ!』
その悪魔の甲高い笑い声が俺の頭の中にいつまでもいつまでも響き渡っていた。