【夜探偵事務所】
事務所の古びたドアが、ガチャリと音を立てて開いた。
パソコンに向かっていた健太は、弾かれたように顔を上げる。そこに立っていたのは、図書館での長い調査を終えた、夜と璃夏だった。二人の表情には、疲労の色と、それ以上に確かな手応えを掴んだ者の鋭い光が宿っていた。
健太:「おかえりなさい、夜さ――」
彼が挨拶を言い終わる前に、夜の鋭い声が飛んだ。
夜:「田上健太!」
健太:「はい!」
夜は、ハイヒールの音をカツカツと響かせながら健太の元へつかつかと歩み寄る。その迫力に、健太は思わず椅子の上で体をこわばらせた。
夜:「あれから何か進展はあった?」
健太:「はい!見つけました!」
健太は、待ってましたとばかりに胸を張った。その顔は「どうだ!」と言わんばかりの、誇らしげな笑みに満ちている。
健太:「ロシアの人が良く使っているSNSで、元ロシア軍・第十一部隊出身を名乗る、イヴァン・ソコロフという人物のアカウントを発見しました!」
その報告を聞いた瞬間、夜の動きが止まった。
そして、次の瞬間。彼女は健太の頭を大きな手で鷲掴みにすると、有無を言わさず、その豊かな胸に健太の顔をぐりぐりと押し付けた。
健太:「んんっ!?むぐぐぐっ……!」
柔らかな感触と、息ができない苦しさに、健太は必死にもがく。
数秒後、夜はぴたりと手を止めると、何事もなかったかのような真顔に戻り、一言だけ告げた。
夜:「……臨時ボーナスだ」
健太は、ぜえぜえと肩で息をしながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。
その、あまりにも奇妙な光景の一部始終を見ていた璃夏が、呆然としながら尋ねる。
璃夏:「な……何をしてるんですか?」
夜:「うち、お金ないから。臨時ボーナスはこうして現物支給で出してるの」
夜は、からかうようにニッと笑った。
夜:「璃夏さんも、臨時ボーナスあげてみる?」
璃夏:「えっ?……あげてみようかな?」
璃夏も、悪戯っぽく微笑んで健太を見る。
健太:「いや、あの、それは色々と!ダメだと思います!」
健太が顔を真っ赤にして全力で拒否する姿に、夜と璃夏は、たまらず声を上げて笑った。事務所の空気が、一気に和やかになる。
ひとしきり笑った後、夜はパンと手を叩き、真剣な表情に戻った。
夜:「じゃあ、今日集まった情報を一度整理しましょう」
その言葉に、璃夏がすっと立ち上がった。
璃夏:「私は、一旦今日は帰ります」
璃夏:「もういい時間ですし、滝沢さん、今日も新しい夢を見ているかもしれないので」
彼女の瞳には、一人アジトで悪夢と戦っているであろう、愛しい人への深い憂いが浮かんでいた。
夜:「そうね。分かったわ」
夜は、璃夏の気持ちを察して、強く頷いた。
夜:「もし滝沢が新しい夢を見て、何か情報があったらいつでも電話して」
璃夏:「わかりました!」
璃夏:「じゃあ、失礼します」
璃夏は深々とお辞儀をすると、事務所を後にした。
バタン、とドアが閉まる。残された夜と健太は、顔を見合わせ、これから始まるであろう、さらに深い謎との戦いに向けて、静かに覚悟を決めるのだった。



