不幸を呼ぶ男 Case.1


【夜探偵事務所】
事務所の古びたソファで、健太はノートパソコンの画面に食い入るように集中していた。
数時間前、自分が発見した一枚の写真。その粗い画像を、彼は何度も拡大し、隅々まで観察していた。
若き日のイヴァン・ソコロフ。そして、その隣に立つ、感情のない目をした16歳の滝沢。
健太:「顔の感じから16歳くらいとは言ったけど……」
彼の視線は、写真の中の滝沢の、その年齢にそぐわない異様な体格に注がれていた。
Tシャツの上からでも分かる、分厚い胸板と、丸太のように太い腕。およそ16歳の少年が持つべき肉体ではない。
健太:「この体……」
健太:(まるで、ハンマー投げの室伏広治選手みたいだ……)
ただの兵士ではない。この肉体は、明らかに常軌を逸したトレーニングによって、意図的に造り上げられたものだ。
健太:「この写真と体格を元に、もう一度SNSでイヴァンという人を探してみよう」
健太は、新たな決意を固めた。
探すべきは、ただの「軍人」ではない。「元アスリート」や「特殊な訓練施設」といった、常人離れした肉体を持つ人間が集まるコミュニティ。そこに、イヴァン・ソコロフの痕跡が残っているかもしれない。
健太は、再びキーボードを叩き始めた。今度は、闇雲な検索ではない。明確な意図を持った、鋭い追跡だった。
【図書館】
閲覧室の奥、マイクロフィルム閲覧機が並ぶ一角は、ひときわ静寂に包まれていた。
夜と璃夏は、健太からもたらされた「29年前」というただ一つの情報を頼りに、当時の新聞記事を一枚一枚、丹念に確認していた。
航空機事故が起こった年はわかった。だが、その詳細は、膨大な情報の海に沈んでいる。
カチリ、カチリ、と夜がダイヤルを回し、スクリーンに映る紙面をスクロールさせていく。
やがて、彼女の指がぴたりと止まった。
夜:「……あったわ」
その記事には、こう書かれていた。
夜:「『ロシア軍戦闘機の誤射疑惑に、ロシア政府は完全に否定』……」
夜:「**『レーダーから消えた範囲……ロシア領を捜索するも、機体の残骸も発見されず……』**か」
夜は、顎に手を当て、深く思考に沈んだ。
およそ350人もの人間を乗せた巨大な旅客機。それが、残骸一つ見つからない。ありえない。
まるで、誰かが意図的に「隠した」かのようだ。
夜は、そこでハッとした。
滝沢の、あの夢。ロシアの軍事施設で、白衣の男たちが話していた言葉。
夜:(夢で……)
夜:(子供だった滝沢のことを、**『この子は世に出すわけにはいかない』**って……)
全てのピースが、一つの悍(おぞ)ましい絵を形作った。
夜:「……そういうことか」
夜は静かに呟くと、閲覧機の電源を切り、璃夏が座るパソコンの席へと向かった。
璃夏は、不安そうな顔で夜を見上げる。
夜:「璃夏さん。航空機事故の情報は全部記録したから、一旦事務所に帰って整理しましょう」
璃夏:「はい!」
夜のその落ち着いた声色の中に、真実の核心に触れた確信と、これから始まる戦いへの静かな覚悟が滲んでいるのを、璃夏は感じ取っていた。