第三章:被検体イレブン


【朝・滝沢のアジト】
相変わらずテレビの女子アナが最新のニュースを読み上げている
滝沢はそれを聞き流しながらタバコを吸う
昨夜の夢の断片を必死に拾い集めようとしていた
「行ってきますね」
璃夏が静かに声をかけた
彼女は既に出かける準備を終えている
滝沢は気にも留めない
というより記憶の整理に没頭していて気付いていないのかもしれない
璃夏は静かにアジトのドアを閉めると
一台の車に乗り込み新宿へと向かった
【夜探偵事務所】
古いエレベーターを降り夜探偵事務所の文字が書かれた扉をノックする
「はい」
中から聞こえてきたのは田上健太の声だった
璃夏が事務所に入る
璃夏「お久しぶりです」
彼女は中にいた健太と所長の山本夜に笑顔で挨拶した
夜「あら璃夏さん!いらっしゃい」
夜がデスクから立ち上がった
黒のスーツにタイトなスカート
相変わらずモデルのように身長が高く凛としている
璃夏「今日は依頼……というか聞いて欲しいことがあるんです」
夜「今日は一人?」
璃夏「あ、はい」
夜「それは良い事だわ」
夜は悪戯っぽく笑う
夜「どうぞ」
彼女は璃夏をソファに誘導した
璃夏がソファに座る
対面のソファに夜が座るとその隣に健太もちょこんと座った
スパァン!
乾いた音が響いた
夜が健太の頭を思い切りひっぱたいたのだ
健太「いったぁい!」
夜「お前は何してる?」
夜「お客さんにコーヒーも出さんのか」
健太「あ!はい!すみません!」
健太はダッシュで給湯室に向かう
夜「どうもすみませんねうちの出来の悪いのが」
夜は璃夏に向かって悪びれもなく笑う
璃夏「ふふふっ」
璃夏もつられて笑った
健太「何も殴らなくても……」
給湯室からブツブツと文句が聞こえてくる
夜「田上健太ぁー聞こえてるぞぉー」
健太「いえ!何でもございません!はい!」
璃夏はまた笑った
夜「それで璃夏さん。うちに依頼?」
夜は真面目な顔に戻った
璃夏「はい。滝沢さんのことで……」
ちょうどそこに健太がコーヒーを持って戻ってきた
健太が璃夏と夜の前にそっとコーヒーを置く
璃夏は一口コーヒーを飲むと意を決して話し始めた
ここ最近滝沢が見ている悪夢のこと
彼には幼い頃の記憶が一切ないこと
そして昨日彼が語ってくれた一番古い記憶
ロシアの軍事施設で彼が「被検体」として扱われていたこと
その全てを
一通り話し終えると事務所には重い沈黙が落ちた
夜「……前に少し滝沢本人に聞いた事あったけど……」
夜は静かに言った
夜「殺戮マシーンか…」
夜「まぁ滝沢を知ってる人間からすりゃ驚きはしないかもね」
璃夏「確かにそうかもしれません」
璃夏は俯いた
璃夏「けど……だからこそその過去を調べたくて……」
夜「なるほどね。滝沢の過去を、か」
璃夏「お金ならあります!」
彼女は一枚のブラックカードをテーブルの上に置いた
璃夏「滝沢さんのカードくすねて来ました」
璃夏はニコニコしている
夜はそれを見て指をパチンと鳴らした
夜「よし!その依頼乗った!」
健太「こ、こ、殺されませんか!?それ!」
健太は凄まじい勢いで後ずさった
夜「私はな」
夜はニヤリと笑う
夜「お前は知らん」
健太「ちょちょちょそれはあんまりじゃないですか!」
璃夏がそのやり取りを見てまた大笑いした
こうして夜探偵事務所の新しい「シゴト」が始まった
一人の男の失われた過去を取り戻すという
あまりにも危険で悲しい依頼が