第一章:ファントムペイン


微動だにしない
まるで置き物のようにそこに立つドイツの軍人
その制服はパリッと糊が効いている
石畳の美しい街並みがどこまでも続く
ソーセージを焼く香ばしい匂いと古い石の匂い
ここは日本ではない
俺は子供の姿をしている
そして俺の目の前には大人の男女がいた
女性の方が俺のためにしゃがんで話しかけてくる
その声は優しく笑っている
隣の男性も同じように目線を低くして何かを話す
しかし二人とも顔だけが靄かかったように見えない
誰なんだ?
だがその手は温かい
俺はこの二人を知っている気がした
『なんだ?これは』
見た事がない古く巨大な城
知らないはずの女性がその城を指差す
行こうとでも言うように俺の手を引いた
その手に引かれて俺は歩き出す
声は聞こえない
だが俺は楽しかった
次は街のシンボルだという立派な門をくぐった
その次は古い大きな聖堂に入った
ステンドグラスの光が床に落ちて綺麗だった
聖堂の外壁に旗が揺れている
黒と赤と黄色の三色旗
『ドイツか?』
『なぜ俺がドイツなんかに…』
場面が変わる
俺は旅客機に乗っていた
窓際の席だ
隣にはあの女性と男性が座っている
やはり顔は分からない
二人はとても楽しそうに笑っている
『なぜ俺の横に座ってる?』
『お前たちは一体誰なんだ?』
ドン!
突然旅客機全体に強い衝撃が走った
体が宙に浮く感覚
悲鳴
大きく揺れる機体
窓の外翼から真っ赤な火と黒い煙が出ている
『なんだ?落ちるのか?』
女性の方が俺を強く抱き締めた
きつくきつく抱き締めた
それを更に男性が覆いかぶさるように抱き締める
圧迫感
そして急降下していく恐ろしい感覚
物凄い衝撃と爆音
気がつくと俺は何かの下にいた
ひしゃげた座席だ
必死にそこから這い出る
目の前は燃え盛る炎
そして折り重なるように転がる死体の山…
全身がズキズキと激しく痛い
自分の手を見る
血まみれだった
よく見たら全身血まみれだ
俺は途方に暮れて歩き出す
さっきの女性と男性はどこだ?
探さないと
咄嗟にそう思った
だが声が出ない
もう歩けない
痛い
疲れた
寒い
ムリだ…
少しだけ寝よう…
そう思った
そこで滝沢は目を覚ました
いつものアジト自分のベッドの上だった
隣では璃夏が静かな寝息を立てている
『……なんだ今の夢は』
滝沢はゆっくりと体を起こした
全身が寝汗でじっとりと濡れている
そして誰に言うでもなく呟く
「ドイツなんて行ったことねぇぞ」
しかし体には奇妙な違和感がまとわりついていた
夢にしてはあまりにもリアルすぎる感覚
全身に刻まれた phantom pain(ファントムペイン)
そして鼻の奥にこびりついたような微かな煙の匂い
それはまるで
遠い昔に忘れたはずの何かを
無理やり思い出させようとしているかのような
そんな不気味な感覚だった