ジーナの頭の中で声が甦り鳴る。
『僕は龍の婿になる』
知っているという何故こんな心持ちになるのかとジーナは苛立ちを覚えているとキルシュは言った。
「ああ……あの人の場合は貴賤を問わないということであるのならその可能性もあるね。候補かどうかはあたしには分からないけど」
いまの数秒間に数限りない不審点があがったのをジーナには感じられた。それがどこであるか、なにであるか、いくつあるのか、は分からないものの無意識にジーナは最も知るべきことから遠いものを選ぶこととなる。
「おやその言い方だと……ルーゲン師は貴族とかではないのか?」
「逆にどうしてそう思ったんだい?」
「いやだって……ルーゲン師だろ? あの雰囲気で」
「半分は当たっているよ。そうだ隊長は異国の人だから事情に詳しいはずなかったね。すっかり忘れていたよ。ルーゲン師は半分中央のとあるお偉方の血を引いているから血が貴族だけど育ちは平民で……おっとお喋りが過ぎたねこれ以上は」
「誰にも話さないから続きを聞かせてくれ。私とルーゲン師の仲を知っているだろう? 決してそのことを面に出さないと信じてくれ」
これ以上は、と手に口を当てるもキルシュはどう見ても話したくてしょうがない顔をし、言い訳を探していた。
話したくないけど話さざるを得ないという、不可抗力を。
都合よくジーナがいたうえにこうまで言ってくれたのだから、話さないわけがない、いいや話すしかない、だってルーゲン師とジーナのためだもの。
「そこまで言うのなら断れないね。でもいい?あたしがこれから話すことはあくまでも噂という不確実なものだからね。まことしやかに語られている真偽不明のお話、そこを了解してもらわなきゃ困るよ、いいね。じゃあ話すよ。そもそもルーゲン師は本来なら中央の名家の後継者となられる方だったんだよ」
「それって既に高貴な生まれだということじゃないのか」
「話は最後まで聞くものだよ。中央の重職に就く、まぁ大臣だね。その大臣には子供がいなくてね、正妻はもとより愛人に到るまで子ができない。跡継ぎがいないわけだ。家の将来について大臣が途方に暮れていると、ソグ出身の使用人が懐妊してね、ここで話が分かるだろうけどこの使用人に手を出したのがその大臣というわけで」
「その子がルーゲン師ということか。でも使用人とはいえ子がいないのならば跡継ぎになれるのだろ?」
ごく当たり前そうなことを言うとキルシュは唇を鳴らし指を振ってたしなめる。その、中央についての無知というものを。
「分かってないな隊長は。中央の名家なんてガチガチの保守主義者揃いだよ。後継者の母親がソグ人だなんて、ああそうだ隊長は外国人だからソグ人と中央人の違いはよく分からないだろうけど、中央の偉そうな貴族の中だと南の人間を馬鹿にする傾向が強いね。血が純粋であればあるほどに抵抗感が強くなるようさ。とはいえ現に跡取りがいない状況では一族は猛反対するも現実的にどうすればいいのか代替案をだせなかったみたいだわさ。年頃の男の子はどこの家にもいない上に一人っ子揃いなのだから養子も不可能。そう消去法に継ぐ消去法で何よりかはマシということで、ルーゲン師が跡取りになるということになったわけさ」
「結局継承していないけれど、どこで拗れたのだ?」
「それはこうさ。半年近く続く揉めに揉めた親族会議がようやく消去法で決着がつくかとみえたその時、無作法にも扉を開けた執事が大臣の叱責を無視しての一世一代のその一言とは即ち! そう奥様がご懐妊でございます!」
見てきたように演技にのめり込んでいるキルシュを横目にジーナもまたその部屋にいた親族たちの驚きの顔であろう表情をした。いまさら!?
「急展開過ぎるしだいたい今までできなかったのだろ? どうして今になって」
「そら危機感を覚えて気合いを入れたんだろうね」
「なんの気合いだよ」
「気合いがあれば何でもできる。ということで渋々大臣の現実論に押されていた親族はこれ幸いと勢いを取り返し、結論はまだ早いと呆然とする大臣に説き伏せ、とりあえず今は経過を見ようということとなり、そのまた半年後に玉のような男の子が生まれたのでした」
この話はいったいどこの誰が見て流したのだろうかとジーナは頭を傾げた。
その親族以外知らないという情報が多すぎるし、だいたいこれを流しところでいったい何の得があるのやらと。
「ああそうか生まれてしまったか。するとルーゲン師はどこに行かれたのだ?」
「そらあんた決まっているでしょ。ソグだよソグ。ソグの寺に預けられ、そこからルーゲン師の伝説が始まるんだよ。正統な嫡子が生まれればもう用済みとばかりに哀れやルーゲン母子は故郷であるソグへと帰り、大臣の手切れ金とばかりの幾何かの金を母親はソグ寺院にお布施し、自分達をその寺の世界で生きさせてもらいたいと願った……そしてここからが隊長もだいたい知るルーゲン師の神童物語さ」
跡継ぎであったのにそうでないものとされた、とジーナは口の中で唱え思う。それを私は知っている、と。その事実を知っているのではなく、その心、を。
「とはいえルーゲン師はそのようなことを気にしているとは感じられないけどね。なんたって赤子の頃の話で記憶にすらないんだからさ」
その言葉にジーナは同意をしたかった。同意は可能であった。そのようなことを気にしているはずがない、と。
だがそう思えば思うほどにジーナの脳内には声が響き、結び付けられる……復讐心だとしたら君はどう思います?
その時私は……よろめくルーゲン師の手を取り、そして……
「お名前は……名前をきっと変えたのだろうな。はじめに父親がつけた名を、というよりかはもとから用意されていた後継者としての名は取り上げられ剥がされ、自分のではない名を与えられた」
突如として語りだすジーナにキルシュは戸惑うがすぐさま対応した。
「それは、どうかなぁ? 中央の貴族は世襲名はあるにはあるけど一度つけたのを変えるとか聞いたこと無いな。西はそういう風習があるの?」
「……地位と役柄に応じた名というものはきちんとあるな」
「じゃあ隊長の名前にも意味というものがあるんだ……あたし、それが何かわかるよ」
自然と手に力が入るのが感じられジーナは血が冷たくなる感覚の中にいた。もしも本当に知っていたとしたら……
「わがままで人を困らせる、そんな意味だろ、そうに違いないさ!」
途端に脱力し身体に熱が戻るのが分かった。なんてくだらない。
「呪いの名前だな」
「だって隊長は呪われてそうだし。まっそれは冗談で話を戻すと、自分で話しといてなんだけど、もしそういう経緯があるとしたらルーゲン師はいま龍身様に仕えるという役目をソグに流されたことによって叶えていることになるね。向うは向うで家柄からあっちの龍に仕えているだろうし、因果は回るというか自らに架せられた役割は形を変えて果たされるのかね」
「そういうものだろうな。宿命というか運命というか、おそらくルーゲン師は龍の傍にいるという役目だったのかもな。今だって誰よりも貢献しているしさ。このまま北上すればきっと元に戻れるはずだ。そう取り戻れるはずだ……自分であったものに、自分のものであったものを、自分自身を……それが本当の意味での救いで……」
「何を意味不明なことを語りだしてんのさこの人は。ルーゲン師は今の段階で立派な地位にいる人なんだから取り戻さなくてもいいでしょうに。これがルーゲン師のお話ということだけど、絶対にあたしが話したと言っちゃ駄目だよ。話したとしたらあの話、ばらすからね」
「あの話ってなんだ?」
ジーナの頭の中は過去の不埒な行為でいっぱいになるとキルシュが嫌な微笑み方をした。
「いま、頭の中に思い浮かんだこと、その全てだよ」
「いくらなんでも多すぎないか?」
「隊長……なんでそういつも語るに落ちてんのさ」
呆れ顔で溜息をつき立ち上がるとジーナも立った。長話のせいでもう休憩時間は終わり出発の準備へとみなが動いており、
キルシュは片付けに入ろうとする背中に向かってジーナが尋ねた。
「そのルーゲン師の異母弟は中央で何をしているか知っていないか?」
「噂だから事実っぽく言っちゃ駄目だよ隊長。そこだけどさ、中央の龍の側近をやっているかもしれないみたいだね、じゃあ」
それだけ言ってキルシュは遠ざかりジーナはもう一度あの日のルーゲン師の一言を思い返す。
復讐心だとしたらどうします……あの意味不明な言葉がもしも自分だからこそ告白されたことだとしたら……
僕達は似ていると思いませんか?一顧だにしなかったあの言葉も今では一繋ぎのものとしか考えられなかった。
「だが違う……」
とジーナは重なり合い交わることを拒絶するために、言葉に出した。
私達は進む道が逆の正反対の関係であるのに、どうしてその点が一致し、あなたはそんなことを言うのか?
この私は、この先あなたどころか、この世界全てを、裏切る、いやはじめから裏切るつもりであるというのに。
それがたとえあなたの生きようと望み願う世界を壊すこととなっても。
『僕は龍の婿になる』
知っているという何故こんな心持ちになるのかとジーナは苛立ちを覚えているとキルシュは言った。
「ああ……あの人の場合は貴賤を問わないということであるのならその可能性もあるね。候補かどうかはあたしには分からないけど」
いまの数秒間に数限りない不審点があがったのをジーナには感じられた。それがどこであるか、なにであるか、いくつあるのか、は分からないものの無意識にジーナは最も知るべきことから遠いものを選ぶこととなる。
「おやその言い方だと……ルーゲン師は貴族とかではないのか?」
「逆にどうしてそう思ったんだい?」
「いやだって……ルーゲン師だろ? あの雰囲気で」
「半分は当たっているよ。そうだ隊長は異国の人だから事情に詳しいはずなかったね。すっかり忘れていたよ。ルーゲン師は半分中央のとあるお偉方の血を引いているから血が貴族だけど育ちは平民で……おっとお喋りが過ぎたねこれ以上は」
「誰にも話さないから続きを聞かせてくれ。私とルーゲン師の仲を知っているだろう? 決してそのことを面に出さないと信じてくれ」
これ以上は、と手に口を当てるもキルシュはどう見ても話したくてしょうがない顔をし、言い訳を探していた。
話したくないけど話さざるを得ないという、不可抗力を。
都合よくジーナがいたうえにこうまで言ってくれたのだから、話さないわけがない、いいや話すしかない、だってルーゲン師とジーナのためだもの。
「そこまで言うのなら断れないね。でもいい?あたしがこれから話すことはあくまでも噂という不確実なものだからね。まことしやかに語られている真偽不明のお話、そこを了解してもらわなきゃ困るよ、いいね。じゃあ話すよ。そもそもルーゲン師は本来なら中央の名家の後継者となられる方だったんだよ」
「それって既に高貴な生まれだということじゃないのか」
「話は最後まで聞くものだよ。中央の重職に就く、まぁ大臣だね。その大臣には子供がいなくてね、正妻はもとより愛人に到るまで子ができない。跡継ぎがいないわけだ。家の将来について大臣が途方に暮れていると、ソグ出身の使用人が懐妊してね、ここで話が分かるだろうけどこの使用人に手を出したのがその大臣というわけで」
「その子がルーゲン師ということか。でも使用人とはいえ子がいないのならば跡継ぎになれるのだろ?」
ごく当たり前そうなことを言うとキルシュは唇を鳴らし指を振ってたしなめる。その、中央についての無知というものを。
「分かってないな隊長は。中央の名家なんてガチガチの保守主義者揃いだよ。後継者の母親がソグ人だなんて、ああそうだ隊長は外国人だからソグ人と中央人の違いはよく分からないだろうけど、中央の偉そうな貴族の中だと南の人間を馬鹿にする傾向が強いね。血が純粋であればあるほどに抵抗感が強くなるようさ。とはいえ現に跡取りがいない状況では一族は猛反対するも現実的にどうすればいいのか代替案をだせなかったみたいだわさ。年頃の男の子はどこの家にもいない上に一人っ子揃いなのだから養子も不可能。そう消去法に継ぐ消去法で何よりかはマシということで、ルーゲン師が跡取りになるということになったわけさ」
「結局継承していないけれど、どこで拗れたのだ?」
「それはこうさ。半年近く続く揉めに揉めた親族会議がようやく消去法で決着がつくかとみえたその時、無作法にも扉を開けた執事が大臣の叱責を無視しての一世一代のその一言とは即ち! そう奥様がご懐妊でございます!」
見てきたように演技にのめり込んでいるキルシュを横目にジーナもまたその部屋にいた親族たちの驚きの顔であろう表情をした。いまさら!?
「急展開過ぎるしだいたい今までできなかったのだろ? どうして今になって」
「そら危機感を覚えて気合いを入れたんだろうね」
「なんの気合いだよ」
「気合いがあれば何でもできる。ということで渋々大臣の現実論に押されていた親族はこれ幸いと勢いを取り返し、結論はまだ早いと呆然とする大臣に説き伏せ、とりあえず今は経過を見ようということとなり、そのまた半年後に玉のような男の子が生まれたのでした」
この話はいったいどこの誰が見て流したのだろうかとジーナは頭を傾げた。
その親族以外知らないという情報が多すぎるし、だいたいこれを流しところでいったい何の得があるのやらと。
「ああそうか生まれてしまったか。するとルーゲン師はどこに行かれたのだ?」
「そらあんた決まっているでしょ。ソグだよソグ。ソグの寺に預けられ、そこからルーゲン師の伝説が始まるんだよ。正統な嫡子が生まれればもう用済みとばかりに哀れやルーゲン母子は故郷であるソグへと帰り、大臣の手切れ金とばかりの幾何かの金を母親はソグ寺院にお布施し、自分達をその寺の世界で生きさせてもらいたいと願った……そしてここからが隊長もだいたい知るルーゲン師の神童物語さ」
跡継ぎであったのにそうでないものとされた、とジーナは口の中で唱え思う。それを私は知っている、と。その事実を知っているのではなく、その心、を。
「とはいえルーゲン師はそのようなことを気にしているとは感じられないけどね。なんたって赤子の頃の話で記憶にすらないんだからさ」
その言葉にジーナは同意をしたかった。同意は可能であった。そのようなことを気にしているはずがない、と。
だがそう思えば思うほどにジーナの脳内には声が響き、結び付けられる……復讐心だとしたら君はどう思います?
その時私は……よろめくルーゲン師の手を取り、そして……
「お名前は……名前をきっと変えたのだろうな。はじめに父親がつけた名を、というよりかはもとから用意されていた後継者としての名は取り上げられ剥がされ、自分のではない名を与えられた」
突如として語りだすジーナにキルシュは戸惑うがすぐさま対応した。
「それは、どうかなぁ? 中央の貴族は世襲名はあるにはあるけど一度つけたのを変えるとか聞いたこと無いな。西はそういう風習があるの?」
「……地位と役柄に応じた名というものはきちんとあるな」
「じゃあ隊長の名前にも意味というものがあるんだ……あたし、それが何かわかるよ」
自然と手に力が入るのが感じられジーナは血が冷たくなる感覚の中にいた。もしも本当に知っていたとしたら……
「わがままで人を困らせる、そんな意味だろ、そうに違いないさ!」
途端に脱力し身体に熱が戻るのが分かった。なんてくだらない。
「呪いの名前だな」
「だって隊長は呪われてそうだし。まっそれは冗談で話を戻すと、自分で話しといてなんだけど、もしそういう経緯があるとしたらルーゲン師はいま龍身様に仕えるという役目をソグに流されたことによって叶えていることになるね。向うは向うで家柄からあっちの龍に仕えているだろうし、因果は回るというか自らに架せられた役割は形を変えて果たされるのかね」
「そういうものだろうな。宿命というか運命というか、おそらくルーゲン師は龍の傍にいるという役目だったのかもな。今だって誰よりも貢献しているしさ。このまま北上すればきっと元に戻れるはずだ。そう取り戻れるはずだ……自分であったものに、自分のものであったものを、自分自身を……それが本当の意味での救いで……」
「何を意味不明なことを語りだしてんのさこの人は。ルーゲン師は今の段階で立派な地位にいる人なんだから取り戻さなくてもいいでしょうに。これがルーゲン師のお話ということだけど、絶対にあたしが話したと言っちゃ駄目だよ。話したとしたらあの話、ばらすからね」
「あの話ってなんだ?」
ジーナの頭の中は過去の不埒な行為でいっぱいになるとキルシュが嫌な微笑み方をした。
「いま、頭の中に思い浮かんだこと、その全てだよ」
「いくらなんでも多すぎないか?」
「隊長……なんでそういつも語るに落ちてんのさ」
呆れ顔で溜息をつき立ち上がるとジーナも立った。長話のせいでもう休憩時間は終わり出発の準備へとみなが動いており、
キルシュは片付けに入ろうとする背中に向かってジーナが尋ねた。
「そのルーゲン師の異母弟は中央で何をしているか知っていないか?」
「噂だから事実っぽく言っちゃ駄目だよ隊長。そこだけどさ、中央の龍の側近をやっているかもしれないみたいだね、じゃあ」
それだけ言ってキルシュは遠ざかりジーナはもう一度あの日のルーゲン師の一言を思い返す。
復讐心だとしたらどうします……あの意味不明な言葉がもしも自分だからこそ告白されたことだとしたら……
僕達は似ていると思いませんか?一顧だにしなかったあの言葉も今では一繋ぎのものとしか考えられなかった。
「だが違う……」
とジーナは重なり合い交わることを拒絶するために、言葉に出した。
私達は進む道が逆の正反対の関係であるのに、どうしてその点が一致し、あなたはそんなことを言うのか?
この私は、この先あなたどころか、この世界全てを、裏切る、いやはじめから裏切るつもりであるというのに。
それがたとえあなたの生きようと望み願う世界を壊すこととなっても。


