〇遊飛の家・朝
タンスや本棚などが置かれた部屋。
その真ん中に敷かれた布団で仰向けに寝ている透花。
透花「う、んん……」顔を顰める。
白い天井。
ぼんやりしている透花。頬にはシップが貼ってある。
不意に過る昨日の出来事の数々。
透花「…………」見る見るうちに顔が土気色になる
透花(終わ、った……)頭を抱える。
扉ノックされる。ビクッとする透花
遊飛「透花ちゃん、起きてる? 入っても良い~?」
透花「は、はいぃ……!」
扉開ける遊飛。顔青くさせる透花。
透花「あ、あの、昨晩は……」
遊飛「あー、いいっていいて。とりあえずさ」苦笑
遊飛、廊下を指す
遊飛「ご飯食べながら話そうよ」

〇遊飛の家(リビング)・朝
五つの椅子がテーブルを囲っている。
また仏壇が壁沿いに置かれている。
リビングのテーブルに並んだ二人分の朝食(和食)。
視線落したまま食事をとる透花と普段通りの遊飛。
遊飛「っていうかそっか。やっぱり途中から記憶なかったかぁ」
透花「誘われたとこまでは何とか。ご迷惑おかけして本当にすみません……」
遊飛「透花ちゃんらしくないなってのはわかってたから大丈夫だよ。お酒でやらかす人嫌いだって言ってたしくらいだし」
肩身が狭くなって縮こまる透花。
透花(……っていうか、酔った勢いで家のあれこれを殆ど話してしまった気がする)透花が電話越しに大声で愚痴を零していたシーンデフォルメで。
透花「……すみません、なんか変なこと色々言って」
遊飛「ん? んーん」きょとん
涼しい顔の遊飛をの顔色伺いながらおずおずと口を開く透花。
透花「……聞いてたとは思うんですけど。私の両親、結構過激で」
遊飛「うん」
透花、食事を止めて視線を落とす。
暴力を振るう父やヒステリックに声を荒げる母の様子。
透花「父は典型的なDV男で、母はそんな父に逆らえない弱い人で……多分、常に下に見られてるコンプレックスが強い人です。だからそれを多分私にぶつけてて……心配って言葉を使って」
通帳を隠す透花。
それに手を伸ばす二つの手(父・母)
透花「うちは金銭的な余裕がないから、二人共お金の執着も凄くて。それで」
遊飛「透花ちゃんの通帳が取られたってことだね」
頷く透花。
長く息を吐く遊飛。びくりと肩を震わせる透花。
遊飛「透花ちゃんさぁ。この後はどうするの」
透花「……帰るしか、ないです」
透花、へらへら笑う。
透花「お金は諦めます! 新しく口座作って、それでまた貯金して、それで何とか卒業に合わせて家を出て……」
遊飛「……いいの?」
透花「だって、仕方ないじゃないですか」
拳を握り締める透花。
透花「住む場所が同じじゃ逃げ場所がない……っ! 何よりも、身の安全は確保しないといけないんだから」
透花(私のこれまでの時間は無駄だった事になる。でも仕方ない)
透花「子供じゃ、大人には勝てないの……!」
静まり返るリビング。
涙を必死にこらえる透花。
遊飛「それさ。家に帰らなくてよくなって、お金が回収出来たらだいぶ解決するよね?」
透花「そんなの……っ」
遊飛、何かを企んでいるような笑みで「ここ」と人差し指で指す。
透花、その意味に気付いてハッとする。
全力で首を横に振る透花と、にこにこしている遊飛。
透花「……いやいやいやいや」
遊飛「いいって」
透花「いや親戚でもない男女が同じ屋根の下って流石に……って仮に先輩が良くても先輩のご家族とか」
遊飛「いないよ」
透花「……え」
遊飛「帰ってくる人いないから、今俺一人なんだよね~」
透花「そ、れは、どういう……」言葉に迷う。チラッとリビングの仏壇を見る。
意味深に目を伏せる遊飛。
次の瞬間には笑顔で手を打っている。
遊飛「部屋も余ってるしね。こんな都合の良い話はそうないよ?」
透花「ちょ……」
遊飛「透花ちゃんはすごいよ。もう一人で生きていく未来を見据えてる」真面目な顔になる。
驚く透花。
遊飛「家を出て幸せを掴むために色んなものを犠牲にして頑張ってる。……けどさ」「それって、勿体なくない?」
ニッと笑う遊飛。
遊飛「だって子供は大人になれるけど、大人は子供になれない。俺達に残された『大人じゃない時間』は今しかない」
透花(――あ)視界がちかちかと輝く
透花モ『この人が』
遊飛「どうせ消費されるだけの時間ならさ、せめてちょっとくらい足掻いたっていいはず」
透花モ『この人が何故、卒業しなかったのかわかった気がした』『この人はきっと』
遊飛「そうでしょ?
透花モ『「できなかった」んじゃない。「しなかった」んだ――』
透花(――めちゃくちゃ、過ぎる)(でも)涙が溢れる。
悪戯っ子のような無邪気さで笑いながら手を差しだす遊飛。眩い光が見える。
遊飛「今も未来もどっちも幸せになれるならそれが一番良いに決まってるじゃん!」
透花(眩しい…………)
透花、微笑みながら遊飛の手を握る。

〇透花の家・昼
緊張した面持ちで扉の前に立つ透花。

〇回想・過去
外へ出る透花と玄関で見送る遊飛。
遊飛「ほんとに大丈夫?」
透花「はい。今の時間なら両親は仕事だし、最低限の荷物だけでも回収しないと」
遊飛「そっか。何かあったら連絡してね」「一応家の住所教えてもらってるけど」と付け足す
透花「はい」

〇透花の家・昼
意を決して扉に手を掛ける透花。
音を立てないよう気を付けて中へ入る。
玄関に入った瞬間、ドクン、と胸が鳴る。
男物の靴が一足脱ぎ捨てられている。
透花(お父さんの靴……っ、どうして、今日平日なのに――)ハッと息を呑む。
リビングからイビキが聞こえる。
透花、意を決した顔付きでスマホを操作する。
スマホをポケットに入れながらこっそりと歩き、自室まで辿り着く透花。
透花(とりあえず着替えと教材……)旅行バッグに荷物を詰める。
遊飛に取ってもらったぬいぐるみが視界に入り、一緒にバッグへ入れる。
透花、荷物を纏めてリビングを横切る。
ソファから身を起こす寝起きの透花父、大きな鞄を持って足早に横切る透花を見つける。
透花父「おい!」
透花「……っ!」震え上がる。思わず足が止まる。
透花(――まずい! ど、どうしよ……)
目を強く閉じる。
遊飛『今も未来もどっちも幸せになれるならそれが一番良いに決まってる』回想
透花(っ、どうする、じゃない。やるんだ)
透花「……っ!」
透花、弾かれたように走り出す。
透花父「おい! 待て!」
透花、前だけを見ている。
靴の踵を踏み、玄関扉を押し開ける。
一歩外へ踏み出したところで、髪を掴まれる。
透花「い、~~っ!」しゃがみ込む。
透花父「なに逃げようとしてんだ! ああっ?!」声荒げる
透花、頭を抑えながら涙目で透花父を睨む。
透花「っ、私が借りてたのは、部屋だけでしょ!」
透花父「は?」
透花「他は全部自分で何とかしてた! でも家賃だって、私が出て行けば払う必要はない!行かせてよ……っ!」
透花父、怒りで震える。
透花父「だから、昨日言ったばっかだよなぁ? お前は俺達の借金塗れだって、よぉっ!」手を上げる。
透花「……っ」怯んで目を閉じる。
ゴッと殴られる音。
目を開ける透花。
透花を抱き寄せて庇った遊飛、顔を強く殴られる。
遊飛「ってぇ~……」唇が切れてる。
透花「せ、先輩……!?」
遊飛「ごめんね~、結局心配になっちゃって」「ストーカーで訴えないでね」冗談っぽく明るく言う
透花父「な、んだてめぇ……」
遊飛「あ、僕、この子の大学の先輩です。蝶野っていいます。ところで突然申し訳ないんですけど」
遊飛、殴られた顔を指す。
遊飛「これ、傷害罪って事でいいですか?」
透花父「……は?」
遊飛「うーん、どうなんだろ。お父さんに殴られそうになっていた透花さんを庇ったら殴られたってケースだと、殴ろうとした時点で意図した行為だから過失よりただの傷害罪の方が可能性高いかもなぁって思って」
透花父「てめ……っ、脅してんのか!?」
遊飛「やーだなぁ。友達のお父さんなんて脅したくないに決まってるじゃないですかぁ。ただの、提案ですよ」透花にウィンクする
透花(先輩……?)
透花父、顔を歪める。
遊飛「この場は一旦透花さんの好きにさせてあげてくださいよ。ね?」
透花父、わざとらしく頬を擦っている遊飛を悔しそうに睨む。
透花父、透花から離れる。
遊飛「よかった。ありがとうございます。じゃ、僕もこれ以上は口出ししません」透花を立たせて先にエレベーターの方へ向かうよう促す。
凄まじい形相で睨み続ける透花父を警戒しながらその場を去る二人。

〇透花の家の外・昼
足早に歩く二人。
途中で遊飛が大きなため息を吐く。
遊飛「え? こっわぁ……あんな形相で睨まれたの初めてだよ」
透花「せ、先輩。すみません……っ、顔……」
遊飛「あ、うん。大分派手に受けちゃった……あいたたた」
透花「すみません。結局私、自分一人で解決出来なくて」
遊飛「いーよいーよ、このくらい」
泣きそうな顔をしている透花を優しい顔で見る遊飛。
遊飛「透花ちゃんさぁ、昨日言ってたじゃん。『期待しちゃう』って」
透花目を丸くする。
遊飛「してよ、期待」
透花「あ……」
遊飛「少しは信用できそ?」自分を指す
透花、小さく頷く
遊飛、優しく微笑む。
遊飛「一人で駄目な時はさ、一緒に頑張ろうよ」
透花「ありがと、う……ございます」
遊飛「どーいたしまして!」
透花モ『私はこの日初めて、親を前に自分の意志を貫き通すことが出来た』
遊飛「じゃあこの後はご両親がお金使っちゃうまえに口座のお金移動してー、家で休憩してー」
透花モ『結局、一人で乗り切る事は出来なかったけど』
遊飛「遊びまくろっか!」ワクワクしてる
透花モ『それでも大きな進歩である事には違いなかった』
透花、青空を見上げる。清々しい顔。
透花モ『きっと、いつかは一人で向き合わないといけない』『けどそれは今じゃなくてもいい』
先に歩き出した遊飛を追う透花
透花モ『だってこれは、まだ大人になり切れない未熟者の私達が』
透花「先輩」遊飛の正面に回り込む
遊飛「ん~?」
透花モ『小さな世界の苦難を』
透花を見て目を見開く遊飛。
透花、今までで一番輝いた笑顔。頬を染めている。
透花「これから、よろしくお願いします。 ……遊飛先輩!」
透花モ『出来る限りの力を振り絞って苦難を乗り越えようとする――』
遊飛、ドキッとして動揺が滲む。頬が若干赤い。
遊飛「……うん」誤魔化すように目を逸らす
透花モ『――等身大のクーデターなんだ』
「てかその荷物持つよ」「え、大丈夫で……あ!」「もーらった!」と透花の旅行バックを取り合ってわちゃわちゃする二人の後ろ姿、引きで。